ベンジャミンサムナー

接吻のベンジャミンサムナーのレビュー・感想・評価

接吻(2006年製作の映画)
4.0
 尻ポケットに金槌を突っ込んだトヨエツが住宅街をふらついてる冒頭がメッチャ怖い!

 殺人のシーンは直接描いてないが、女の子の髪を引っ張って家に引きずり込む描写を一瞬入れる事でスゴいショッキングな印象を与えてる。

 万田邦敏監督は黒沢清と共に映画製作してた事もあってか、全体的な不穏さはちょっと似ている。
 モジャモジャ頭のトヨエツが金槌を振り上げる場面は『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシクを彷彿とさせる。

 そしてその後は、小池栄子がトヨエツの狂気を上回っていく!

 色々映画を観てると、主人公に自分を重ねてしまう作品に出会ったりする。
 特に、自分を"イケてない"側の人間だと思ってる人ほど、『タクシードライバー』のトラヴィスみたいな人物に「この主人公は俺だ!」と強く共鳴してしまう。
 不遇な子供時代を送ったスピルバーグが『大人は判ってくれない』を観てそう思ったように。

 そういう共感性があるから、特定の作品が生涯忘れられないものになったりもするけれど、「この人の気持ちを理解できるのは、自分だけだ!」と相手の事を全て分かった気になる事を批評的に描いたのが本作。
 万田監督は蓮實重彦の教え子でもあるから、彼が提唱する「映画に救いや癒しを求めるな」という主張をテーマに据えている。

 トヨエツが極端に台詞が少ないのに対して、小池栄子は彼に宛てた手紙を書いてる時もその内容を口に出して喋ってるところからも、彼女の気持ちが一方的に先走ってる事が窺える。

 中盤で見せる小池栄子の笑顔に戦慄しながらも、彼女の演じるヒロインに共感しつつあった。   
 だが、ラストのある人物への接吻によって、彼女の心境が手元から滑り落ちていった。
 
 テーマがテーマだけに、この映画の登場人物への共感性を排するためにああいう行動をとらせたのだろうか。

 万田監督の中でも一番評価の高い『UNloved』も観てみたいけど、VHSしか出てないみたい。
 
 ぜひ円盤化してくれえ!