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ジョジョ・ラビットのlentoのレビュー・感想・評価

ジョジョ・ラビット(2019年製作の映画)
4.0
ヒトラー、ナチス、ホロコースト、ゲシュタポなどをモチーフとしながら、この映画が描き出しているものは、愛や人倫(反ヘイト)や反戦といよりもむしろ、ボーイ・ミーツ・ガールの原風景であり、少年が、どのようにして大人になっていくのか、そこで巻き起こる出来事の、ほとんどすべてが描かれていたように感じる。

オープニングシーンに、ヒトラーに歓喜するドイツ国民の様子が映像として流れるなか、なぜビートルズの『I Want To Hold Your Hand』が、音としてオーバーラップされているのか。

また、極上と言っても良いくらいに、本作に描かれる少年の描写には、嘘がない。少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)が10歳という年齢設定も、よく分かっていると膝を打つような思いだった。



監督自身が演じる、ヒトラーのパロディであるアドルフ(タイカ・ワィティティ)は、のび太にとってのドラえもんがそうであったように、もしくは、星野鉄郎にとってのメーテルもまたそうであったように、少年期の終わりを告げるために現れる幻影であり、最終的には去っていくことになる。

ジョジョの母親(スカーレット・ヨハンソン)については、もしも彼女を主人公にするなら、もっと別の要素(女としての葛藤なども含め)が描かれてしかるべきではあるものの、それは刈り込みながら、あくまで少年にとっての母親という造形が、格調高く施されていたように思う。

ナチスの大尉(サム・ロックウェル)は、時代がそうだっただけであり、少年が社会へと踏み出していく際に出会う、学校の先生や近所のおじさんのような存在として描かれている。そうした意味では、どこか奇天烈な印象の女性職員や、ジョジョを臆病者として見下す歳上の少年たち、眼鏡をかけた太っちょの友達も、同様の風景のうちに現れる。

そして、少年は少女に出会う。

少女の名前はエルサ(トーマシン・マッケンジー)。このユダヤ人の少女は、アンネ・フランクのように屋根裏にかくまわれており、悲劇的ではあるものの悲壮感はなく、人としての誇りのうちに生きている。美しい少女であり、教養があり、勇気があり、機転もきく。

少年は少女に怯える。

舞台となる社会構造から言えば、少女は弱者ではあるものの、人と人、もしくは女と男という現場では、社会性は遠ざかり、魂と魂との触れ合いのみが試みられる。それがボーイ・ミーツ・ガールである場合には、最初に怯えから始まることが、自然なプロットの流れのなかで立ち上げられていることに感心する。

またその出会いを、母親に打ち明けることができないという状況もよく出来ている。そのように、少年は母性を裏切ることになる。しかし母性は、女性として、屋根裏のような場所で少女とつながってもいる。この一連の設定や展開の上質さ。

やがて少年は「交渉」するように、少女に近づいていく。ありったけの威勢と、なけなしの知恵を振り絞りながら。けれど、どのようにしても、少女のほうが少年を上回り、彼は打ちのめされることになる。予感のうちに、それが喜びであることを秘めながら。

そのようにして、少年は少女に惹かれていく。

少年が男としての一歩を踏み出すとき、つまりは男女関係という性の領域に入っていくとき、大尉やアドルフに象徴される社会性からの承認や、母性との関係からは離れ、いっさいの理念(ナチス)も通用しない原野に立つことになる。

その際に少女に対して示す、粗野で愚かな姿も素晴らしく描けている。彼女にとって大切なものを、彼は踏みにじってしまう。初めは涙にうろたえ、次は、冷ややかなまなざしに凍りつく。少年は、真の意味での「他者」からのまなざしに自己を揺らしながら、やがてその他者性へと自己を開いていく。

そして、街の広場で絞首刑にさらされた母親の姿は、少女を踏みにじった社会理念が、彼を包み込んだ母性をも、酷い死へと追い込むことを意味していた。ラスト近くに描かれる、連合軍が市街に押し寄せてくる戦闘シーンでの空白地帯のような静けさは、理念(ナチズム)やルーツ(家庭)の崩壊によるものだった。

最終的に、少年は寄る辺となる肉親を母親を失い、社会的な絆となる理念も喪失し、アイデンティティの根拠のいっさいを失ったなかで、少女と向き合う。彼は、彼女にすがるために嘘をつく。

I Want To Hold Your Hand

しかしやがて、その手を離すことを決意する。ナチズムという社会的な理念と同様に、男女関係に象徴的に現れる他者性についても、手離すこともできる意思によってしか、その手をつかむ資格を得ることはできない。そのとき初めて少年は、母親が女として、1人の人として印象的に語っていたように、命の輝きを少女と同じ地平で踊ることができた。
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