おなべ

行き止まりの世界に生まれてのおなべのレビュー・感想・評価

3.7
◉スケボーがあるから、前を向いて生きていける──。

◉アメリカ・イリノイ州にある荒廃した町 ロックフォード。ラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれるその町に、ビン、キアー、ザックの3人は暮らしていた。そんな見捨てられた町で、唯一の生き甲斐は仲間とのスケートボード。貧しい家庭環境から逃れるように、仲間と集まってスケボーをやるのが彼らの日常だった…。

◉《オバマ》元大統領が年間ベストムービーに選出。12年にも及ぶ記録映像をドキュメンタリー映画化。監督は本作にも登場する《ビン・リュー》が務める。

◉「行き止まりの世界」って表現、本作品の的を得た秀逸なタイトル。そんなタイトルなのに、スケボーで颯爽と滑っている若者たちが写し出されたジャケットに惹かれて鑑賞。

◉職や希望を失ったラストベルトの人々の投票により、トランプ大統領の当選は後押しされたという、訳ありな町が舞台となる。当然、そこにあるのは「希望」というイメージとは程遠い、廃れた建物や閑散とした市街地があるのみ。そこには、非情な現実に戸惑い葛藤しながらも、未来を見据えた若者たちがいた。そんな彼らの人生の軌跡を追った、実録長編ドキュメンタリー作品。

◉ビン、キアー、ザックの3人は似たような生い立ちでありながら、作品の最後に迎える結末がそれぞれ違っていたのが印象的。












【以下、ネタバレ含む】











◉「スケボーは制御だ。細部までコントロールしないと、イカれた世界でマトモでいられない。」

「ある意味ドラッグだ」

「精神的にギリギリまで追い詰められても、スケボーさえできれば、それでいい」

「心の痛みを癒してくれる道具」

「でもドラッグが切れると現実に逆戻り」

◉厳しい環境は元より、若者特有のいつ弾けてもおかしくないような不安定さやヒリヒリ感が張り詰める。スケボーという名のドラッグが唯一の救いだったとしても、行き止まりの世界は変わらずそこにある。必死にもがいて抜け出そうとしても世界や社会、家庭がそれを阻む。暴力がそれを阻む。そしていつ間にか、暴力は人を蝕み、暴力をふるわれた人間は暴力をふるう側になる。

◉親が子に与える影響について。子どもにとっては、家庭は社会そのもの。子は親を見て育つもの。ある種の宗教や洗脳と言ってもいいと思う。子ども時代の経験は、その後の人格形成に大きく影響し、自分が見聞きし体験した事が、その人にとっての「当たり前」として刷り込まれ、日常に顕れる。家庭内暴力・虐待を受けた子どもは言わずもがな…。

◉アジア人や黒人などの人種差別、女性蔑視や貧困など、この町で育った3人はそういった物事には特に敏感に感じ取ってる様子だった。だからこそ、これまで仲間やスケボーと共に痛みを乗り越えてきたザックが、愛する家族に暴力をふるうという衝撃の着地点には胸が締め付けられる思いがした。家庭内暴力の恐ろしさは、子どもにまで暴力性を植え付けてしまうこと。実の母親にインタビューをしながら、継父からDVを受けていた事実を吐露するビンの胸中と相まって、余計に陰鬱な気持ちになる。

◉行き止まりの世界に生まれて、行き止まりの世界で成長し、行き止まりの世界で少しずつ大人になってゆく。そんな世界で生きていくためには、夢中になれるものや、安心できる居場所、かけがえなのない仲間はもちろん、子どもにとって親からの愛情は何ものにも代え難い。
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