春とヒコーキ土岡哲朗

ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネスの春とヒコーキ土岡哲朗のネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

たくさんの可能性から、一つの現実を選ぶ、受け入れる。

ホラーテイストがたくさん。本当のホラー映画ほど怖がらせるわけではないが、ホラー的演出やビジュアルがあれば、怖がらせなくても「ホラー表現」だなと思った。追いかけてくるワンダから逃げるシーンはモンスター映画だったし、悪意の魔術が迫ってくるときの映像や音楽のまがまがしさ、ところどころのグロテスクな死亡シーンは、ホラーの作りだった。マルチバースが入り乱れて別世界に取り残される怖さや、スカーレット・ウィッチとして執着に駆られたワンダの顔など、今までのMCUにはなかったホラー表現で楽しかった。ワンダが魔術を使い別バースの自分の体を乗っ取るときの、儀式中のワンダがフェードで重ねられる映像とサイケデリックな音楽がかっこいい。

やりたい放題映画。
MCU全体で次の題材「マルチバース」を紹介しながら、「ドクター・ストレンジ」の二作目として元恋人やモルドを登場させ、ストレンジの性格の掘り下げもしている。
その上で、ワンダをメインヴィランにする大胆さ、魔術とSFが入り乱れた何でもありな設定の数々、プロフェッサーXらの登場など、なんでも詰め込んでいて、『インフィニティ・ウォー』以来のクレイジーなごちゃまぜ感。
アメリカ・チャベスの説明もさほどない。マルチバースを移動する能力という重大な設定についても、彼女のキャラクターも紹介がないまま突っ走る。それで、キャラクターについては愛嬌で受け入れるし、SF設定については潔く煙に巻かれる。ワンダの能力がすごすぎて、なぜか全宇宙のダークホールドを一気に破壊したりと何でもありだが、もうそれも面白い。中でも、ストレンジ対シニスター・ストレンジの、音符を飛ばし合っての戦いがかっこよかった。シニスターが「トッカータとフーガニ短調」を飛ばしてくるところは、いかにもな怖い曲で面白いし、そんな怖い代表の曲を堂々と真正面から使うのも気持ちよかった。

別の現実を求めてしまう。
いくつもの並行世界、マルチバースが存在するという題材の本作。ワンダが失った子供を求めて別世界を侵食する。理想の人生じゃなかったことを嘆いて、過去に執着し、あのとき別の道に進んだ世界がほしかった、と後悔することは誰しもある。だから、悪役となったワンダにも同情はできる。
MCUでバルチャーやキルモンガーなど、同情できて人気の悪役は多いが、今までのいきさつを追ってきた既存キャラが敵になると同情の年季が違う。
ストレンジがワンダと子供を対面させると、子供たちが「魔女だ!」と怖がり、母親=そちらの世界のワンダに助けを求める。力でねじ伏せるよりも、魔女と化したワンダを納得させる最大の決着。自分にはこの子を愛する権利があると主張し、別世界の自分から奪おうとするが、別世界の子供もワンダも家族を奪われる筋合いはない。それを、拒絶する子供の顔を見せることで思い知らせる。そして、別世界のワンダが魔女ワンダに「私が愛します」と宣言。この子たちを母として愛する役目は私がまっとうするから、浸食しなくていいという線引きでもあるし、この子たちはちゃんと私という親に愛されるから心配しなくていいという救いでもある。

ウォンのセリフが全てをまとめる。理想の人生じゃないと嘆き続けるのでなく、つらいことも一緒に分かち合える人がいることに感謝して現実を受け入れる。

ストレンジの、自己中心的ヒーロー観への試練。
元々高慢だったストレンジが視野を広げ、人のために戦うようになるのが一作目だったが、彼はまだ自己中心的に人を救っているだけだった。それを示す一発目として、サノスに石を渡した責任が問われるのが衝撃的。勝つために一度敗北するのは面白かったしかっこよかったが、世界中の人を巻き込んだ判断を一人でしたこととして責任を問われるとは予想外、だが納得。確かに『エンドゲーム』の時点でも、トニー・スタークを犠牲にすることで勝利する選んだのか、とは思った。「これしかなかった」という『インフィニティ・ウォー』のセリフと対比して「それしかなかったのか?」と責めていて、MCUは広げ方がつくづく上手いなと。

冒頭で別世界のストレンジは、マルチバースを救うためにはアメリカ・チャベスが犠牲になるしかない、と彼女を殺そうとする。それは、ストレンジがトニーにしたことと同じ判断とも言える。しかし、本作の最後で、ストレンジはアメリカを死なせずに救って、別の解決策を模索する道を選ぶ。最短で助かるための損切りではなく、危険な可能性が広がっても、全員で幸せになる可能性を取る。理想論的ではあるが、その思考を持った上で現実的な判断をするのがヒーロー。
直前のMCU作品『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』でも、ストレンジはスパイダーマンに「人から忘れられる道」を強制していた。ストレンジはいつも他人を犠牲にする形で解決させている、という今作が始まった時点での彼の欠点に矛盾がなくて上手い。