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セメントの記憶のchiakihayashiのレビュー・感想・評価

セメントの記憶(2017年製作の映画)
4.7
 画面を見入っているうちに、心にくっきりと刻印されるような力強いドキュメンタリー。美学的なセンスでカメラが切り取り、陽の光と地下室の影を映し出す映像。一切の音を入れない瞬間をも織り成すサウンドデザイン(音響効果)。いずれも考え抜かれて設計され、雄弁な〈映像言語〉となっている。実は観客の私に何が刻まれたのかはとても言葉にはならないのだけれど。

 場所は「中東のパリ」と呼ばれるレバノンの首都ベイルート、15年間に及んだ内戦が終わった1990年以来、海岸沿いでは高層ビルの建設ラッシュが続く。そのひとつ、32階建てのオーシャンビューのビル。建設現場には地下へと降りていく穴があり、シリアからの出稼ぎ労働者200人以上がその雨水がたまる地下の暗がりで生活している。シリア人労働者の夜7時以降の外出は禁じられ、昼間の真っ青な空と陽光がきらめく地中海は彼らにとって「壁紙」に等しい。そしてテレビやスマートフォンで空爆される祖国を見つめる沈黙の夜。

 登場する労働者はスクリーンに向かっては何も語らない。監督もジャーナリストのように彼らの声を届けることを目指さなかった。代わりに、1990年のレバノンの内戦終了後に出稼ぎに行き、シリアに戻ってきた時には「セメントのにおい」がした父の思い出が、象徴的な物語としてボイスオーバーで断片的に語られる。語り手の息子は、2011年にシリアで内戦が始まり、セメントの瓦礫から逃れ出てレバノンに出国し、いま劣悪な条件で建設現場で働いているのである。
 
 〈自分たちが作っている建物は戦争が終わった国のためなのか、次の戦争のためなのか分からなくなる〉

 監督はロシアで映画を学んだ後、シリアで助監督として働いていたが、2010年に兵役に送られる。1年後に内戦が始まると派兵されたダマスカスでデモ隊が兵士に殺されるのを目撃。2012年に「朝から夕方まで兵隊として働いて、夕方から次の日の朝まではシリア人映画監督の助監督として働く」日常を描いた「パーソナルな作品」である初の長編映画を制作し始める(この作品は2014年ロカルノ国際映画祭でプレミア上映された)。2013年に政府軍を抜けてベイルートへ亡命し、本作の撮影を始めた。4年前からドイツ・ベルリンに在住。

 これまで約1000万人のシリア人が国外に逃れ、約100万人が亡くなり、約50万人が行方不明という。
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