真一

アスの真一のレビュー・感想・評価

アス(2019年製作の映画)
4.9
 路上生活者。貧困家庭。身寄りのない子どもたちや独居老人。さまざまなマイノリティー。こうした人々に対し、私たちは「気の毒だね」と言いながらも、実際はガン無視を決め込んでいるのではないか。私たちは、この社会に踏まれている「棄民」の苦しみ、怒り、哀しみと本気で向き合ったことがあるだろうか―。異色のホラーサスペンス映画である本作品から感じるのは、こうした問題提起です。

 本作品には、空想上の地底人が、裕福な主人公一家の前に立ちはだかる。「デザード」と名付けられている地底人は、現実社会のどん底であおぐ生活困難者のメタファーとみられる。このデザードは、私たち「地上人」のコピー人間だ。つまり、私と瓜二つの、あなたと瓜二つの地底人(デザード)が、この世に存在するという設定を施している。主人公はデザードの襲来から逃れられるか。デザードはなぜ私たちを襲うのか。ここが見所になる。ジョーダン・ピール監督作品らしい、哲学的なストーリーだ。

 舞台は米カリフォルニア州。主人公一家は、西海岸のリゾート地に豪華な別荘を持つ富裕層だ。主人公のアデレードはある夏、夫、娘、息子と別荘を訪れる。近くのビーチまで足を伸ばした日の夜、恐怖が押し寄せた。なんと、自分たちとそっくりの4人が、別荘の玄関の前で、黙って立っているのだ。4人は、自分と、夫と、娘と、息子だった。異様な赤い服に身を包み、一言も発せず、恨めしそうな視線をこちらに向けている。楽しいはずのバカンスが、血なまぐさい悪夢に変わっていく。

※以下、ネタバレを含みます。

 最大の見せ場は、ラストの「スーパーどんでん返し」だ。愛する家族のため、誰よりも勇敢に、決死の思いで「奴ら」(デザード)と戦ったアデレードの思わぬ正体が、明かされるのだ。本作品はこの「スーパーどんでん返し」を通じ、置かれた環境によっては誰もが「奴ら」に、誰もが「私たち」になり得るという現実を、観る人に突き付け、魂を揺さぶってくる。

 伏線として効いているのは、アデレード一家がテレビCMをきっかけに関心を持ったチャリティー計画だ。計画は、東海岸のニューヨークから西海岸のカリフォルニアに至る「人の鎖」を実現し、弱者支援をアピールするという壮大なスケール。だが、本作品のラストでは、「私たち」でなく、生きる屍のような「奴ら」が「人の鎖」を黙々と築く場面が写し出される。「お前たちに任せていたら、世界は変わらない」といわんばかりに。

 アフリカ系市民の主人公一家を中低所得層でなく、富裕層として描いているのが印象的だった。作中には、貧困層とみられる怪しげな白人も登場する。「黒人にギャングや売人が多いのは人種の問題ではない。構造差別がもたらした劣悪な環境が、そうした現実を生み出している」。ジョーダン・ピールの主張は、明快だ。深く考えさせられる、素晴らしい作品だと思います。
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