アキ

アスのアキのレビュー・感想・評価

アス(2019年製作の映画)
5.0
腹にイチモツ抱えた者の顔面筋の伸び縮みほど恐ろしいものはなかろうが、監督のジョーダン・ピールもその点承知していて、目の形や鼻梁のシワに加えて不安に揺らぐ輪郭の在り方が直接世界の脆さとリンクしているのは素晴らしい。この脆さの表象はピール独自のもので、彼抜きには再現性の極めて難しいとてもレベルの高い美的感覚だと思った。ゆえにこそ亀裂から這い出す不浄の輩は意味なるものを超越した太い存在としてこの世界に君臨するのだ。

確かにその現象含めて諸々不明である。引き続く行為の発露もその目的も全く推測が働かない。しかし無意味ではない。世界から知性と理性をはぎ取り、残った得体の知れない彼らの存在そのものこそが悪意と不気味さ呼び込み一級品の寒気を我々の感覚に走らせる。問いは必要ない。ただ憎悪を浴びさえすればよい。彼らの永劫待ち望んだ鋭利なタクラミを知った瞬間、我々は世界から秘匿された末体感の領域に震撼を余儀なくされる。

ちなみに僕がこの映画を2019年ナンバーワンに推すのはこれだけ基軸の新しいアイデアを盛り込んでおきながら、その決着の仕方が実にフェアであるからでもあり、アイデア倒れの作品がはびこる中、此作はきっちりと○らの呼吸に光を当てその存在を際立たせる。しかもそれらが初手の地下壕の説明と巧みな伏線関係にあり、真っ赤な血を通わせたと思っていたら、最後の最後で反転させて話の再構成を余儀なくさせるというのだからこちらとしてはもうお手上げである。終映後に思わず吐息をついたのは言うまでもない。身体はけだるく、腰も重い。どこか強い毒を盛られたような気分とでもいおうか。静かにゆっくりとヘビの冷たい毒牙が私の首筋にあたる。
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