海老

バースデー・ワンダーランドの海老のレビュー・感想・評価

3.5
銀幕に映し出される鮮やかな絵本を繰るかのように、子供と隣り合い手を繋いで"観"聞かせる。
そんな、幻想的な体験をする。

自分でこれを絵本なのだと思った以上、物語の起伏を言及するより色彩と風景とを描写する事で伝えたいし、これは粗筋やネタバレでなく、"写生"なのだと言い張りたい。


潮風が漂いそうな青空の下、真っ白いペンキが眩しい一軒家で、風に揺れるレースカーテンに頬を撫でられる少女アカネ。
世界を旅しては奇妙な土産物を店の棚に並べる、不思議な雑貨屋の気まぐれ女店主の"チィ"。
石の手形の鍵で開く地下室のパラレルワールドから来訪した、錬金術師の"ピポクラテス"と、弟子の小人"ピポ"。

彼女たちは、雨を失った世界を救うため、冒険へ出発する。

巨大怪鳥の巣を冠にした煉瓦造りの塔の麓に、キングサイズのベッドみたいなフカフカ羊たちと暮らす、緑と白の村。
村の自慢の真っ赤な上等のセーターを、サカサトンガリ市の品評会に届けてと託されて、石炭燃料の車に煙を吐かせて草原を駆ける。
真っ直ぐな道を覆う街路樹はたちまちに春から冬へと。色を無くした砂漠で砂嵐を突っ切り、雪化粧の小さな町に轍を作り、錦鯉にまたがって水蓮の湖を渡る。
マーブル模様の峡谷の真ん中に、ポッカリ円形に浮き出たような立派な王国。
猫の裁判官の関所を通って、彩り賑やかな露店ひしめく市場の真ん中には、ようやく辿り着いた世界の井戸。ヨロイネズミの邪魔を乗り越え、煌めく白刃の雫斬りの儀式によって、噴き出す水は鳥となり、大空へ舞い上がって世界の色を潤した。
緑と風の女神となった少女アカネ。赤と黄色の花畑を真二つに分ける畦道に足跡残して、背筋を正して帰っていく。


本作を観た娘は"楽しかった"と微笑んだ。
"面白かった"ではなく”楽しかった”と。
まるで旅の同行から戻ったみたいに生き生きと。

大人の僕には、良くも悪くも首を傾げるような不思議は確かに手元に残る。けれど娘が笑うから、敢えてそれは"行間"に戻して本を閉じる。でないと手も繋げやしない。

扉の外に出た僕らを横切るのは潮風ではないし、視界に飛び込むのはワンダーランドでもないけれど、娘にとってはまだまだ世界は不思議と未知の冒険であると想像したりした。


さて、今度はどこに足跡を残しに行こうか。
海老

海老