サマセット7

無垢なる証人のサマセット7のレビュー・感想・評価

無垢なる証人(2019年製作の映画)
3.7
監督・共同脚本は「ワンドゥギ」「優しい嘘」のイ・ハン。
主演は「私の頭の中の消しゴム」「アシュラ」のチョン・ウソン。

【あらすじ】
元人権派弁護士だったが転向し、今は企業を顧客とする大手法律事務所に勤務する弁護士のヤン・スノ(チョン・ウソン)は、事務所の意向で殺人事件の国選弁護人を担当することになる。
事件は、財産家の老人がビニール袋を頭にかぶって、家政婦の面前で窒息死した、という事案。
被告人の家政婦は、老人が自殺を図り、止めようとしたが、止められずに亡くなってしまった、として無罪を主張した。
検察側は、最有力証人として、向かいの家に住んでいた自閉症の少女イム・ジウを召喚する。
ヤン弁護士は、自らの弁護を有利に進めるためにジウに近付くが、相手にされず。
それでも徐々に2人の距離は詰まっていき…。

【情報】
2019年公開の韓国映画。
「第5回ロッテシナリオ公募展」で大賞を獲得したシナリオを元にイ・ハン監督が映画化した。

今作はかなりスタッフ、キャストが充実している。
共同脚本のムン・ジウォンは、今作初脚本だが、2022年6月公開のNETFLIX韓国ドラマ「ウヨンウ弁護士は天才肌」で高い評価と評判を集めた新鋭脚本家。なるほど、自閉症と法廷劇というモチーフは共通している。
編集技師のナム・ナヨンは韓国映画界随一の売れっ子技師で、スウィングキッズ、エクストリームジョブなど評価が高い。

今作で自閉症の少女を熱演したキム・ヒャンギは子役時代からキャリアが長く、最近では「神と共に」二部作にも出演。
今作でも韓国国内の映画賞(主演女優賞)を複数取っている。

ジャンルは法廷ドラマとヒューマンドラマ。
弁護士が事件関係者との絆を深める話は、法廷ものの定型の一つだが、その事件関係者が「検察側の証人」、つまり、弁護側からすると敵側の証人であり、かつ、「自閉症スペクトラム障害を有している」というところに、今作の特徴がある。

今作は1810万ドルの興収を獲得。
いくつか韓国国内で賞を取っており、全般に高く評価されているようにみえる。

【見どころ】
正義のために生きる!という初志か?金を稼ぐ、という「現実」か?ヤン弁護士の葛藤のドラマ!
キム・ヒャンギによる自閉症スペクトラム障害の熱演!!
ヤン弁護士と少女ジウの交流と、その結末!!
そして事件の真相は!?
手に汗握る法廷ドラマ!!!

【感想】
個人的に、法廷ドラマで弁護士が弁護士倫理を逸脱するのは一発アウト、という基準があり、今作はこれに抵触する。
スコアはその結果である。
そもそも弁護人が、接触を拒否している検察側の証人である未成年の通学路に、連日待ち伏せして「絆」を築くなどということは、あらゆる意味であり得ない。
なぜ検察はこいつに警告すら発しないのか。
事件の証人になったら、毎日相手の弁護士に押しかけられる、というのでは、誰も証人になどならない。
その他諸々、今作は弁護士のプロとしての戒律というものを軽視しすぎに思える。

それはさておき、現実世界と異なる異世界法廷ものと捉えた場合、今作は非常に惹き込まれるドラマになっている。
まずは、主演のチョン・ウソンの人の良さそうな容貌が良い。
韓国映画ならではの父親との関係も、同期の人権派女性弁護士との関係も、主人公の葛藤を深める、という意味で効いている。

そして何より、証人の自閉症の少女を演じたキム・ヒャンギ!!
これは評価が高いのも納得である。
カメラはかなりの時間、彼女の表情を映し込むが、その表情のリアルさ!!
固まった表情に映るさまざまな感情!!
素晴らしい!!

法廷での尋問シーンは今作の最大の見せ場であり、迫力がある。
専門家証人に対する反対尋問など、なかなかリアリティのあるシーンもある。
新人の検事やとぼけた味わいのある裁判官もなかなかキャラが立っていて楽しい。

終盤の展開についてはもはや何も言うまい。
リアリティ度外視だが、ここまで突き抜けられるところに韓国映画の強みがあるのかもしれない。
リアリティがないと思いつつ惹き込まれ感動するのは、演技、演出と編集の力だろう。

【テーマ考】
今作は、自閉症という障害について、障害とは一面的な見方であり、特長、あるいは才能の一面である、というテーマを描いた作品である。
同じ脚本家が手がけたドラマが、自閉症スペクトラム障害の弁護士を主人公としている、というあたり、この脚本家のやりたいテーマなのであろう。
少女の母親のいくつかのセリフ、あるいは一審の少女の尋問シーンにおける主人公の口から出た「失言」は、象徴的だ。
障害を巡って超現実的に見える描写もあるが、許容範囲内だろう。

一方、今作は、ヤン弁護士の倫理を巡る葛藤もテーマにしているように見える。
ヤン弁護士の葛藤の場面は、作中で何度も繰り返され、父親や同期の弁護士などのキャラクターもこのテーマに沿って配置されている。
ただ、今作のヤン弁護士の抱く最大の葛藤は、「弁護人と検察側の証人が仲良くなる」というファンタジーの上に成立しており、かなり特殊なものである。

【まとめ】
個人的には合わなかったものの、証人役の演技が印象に残る、韓国産法廷映画の好評作品。

文句を言いつつ、「ウヨンウ弁護士は天才肌」も前から気になっている。
ネトフリ再開のタイミング、悩ましいなあ。