映画漬廃人伊波興一

アブラハム渓谷の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

アブラハム渓谷(1993年製作の映画)
4.1
既存する映画と微妙に相貌が違うと気づいた時、私たちが知るところの映画というメディアの安定度が熾烈に不安定化してしまう。
(映画とは何なのだ?)。
この作品を観て、またしてもそう自問してしまう所以です

マノエル・ド・オリヴェイラ
『アブラハム渓谷』

画面の中の光も、構図も、空洞も、旋律も、そして物語の主題でさえ、一見
既存する欧州圏の名作の一部に触れているようなのに、やがて既知のものか未知のものか判断力が奪われていくのは何故か。
それはオリヴェイラにとって映画史は固定的なものではなく、時点時点でたえず変貌する惑乱の産物であるからに他ならないと思う。
その認識の裏打ちという点で個々の作品に濃淡があるのですが、この『アブラハム渓谷』はとりわけその印象が強い気がします。
とはいえそれはあくまで程度問題であって、オリヴェイラの作品歴が強靭なのは、作家主義の硬化とは一切無縁な位置に於いて、映画史の不安定化を指向する鋭利な参入角度で一貫している点にあります。

(映画とは何なのだ?)。
またしてもそう自問してしまう理由はそこにあるのです。