しおまめ

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイのしおまめのレビュー・感想・評価

4.5
1989年にガンダムの生みの親である富野由悠季監督によって書かれた小説を原作としたアニメ映画。
「逆襲のシャア」の(正確には小説版の)続編として書かれたこの作品は、従来のガンダム(少なくとも1989年当時としては)にあるまじき"暗い結末"を迎えたものとして、長年ファンの間で「映像化不可能」とされてきた"いわくつき"の人気作。
それほどの評価を得ている作品である以上、興味を持つなと言うほうが無茶であり・・・。
最悪なことに、既に結末だけ知っているという状態で自分は鑑賞。
いかんせんこの小説が刊行された時にはガンダムのガの字も知らず、おまけにこの小説自体を知ったのもガンダムに興味を持ち始めてから更に時間が経ってからなうえ、「映像化不可能」と言われてしまったら、それはそれは・・・。
とにもかくにも、サンライズが企画している「UC-NEXT100」と呼ばれる宇宙世紀の話を映像化するというものの中のひとつに数えられるこの作品に多大な期待を寄せていました。



冒頭15分は既に公式チャンネルで無料で配信されており、どういうテイストのものであるかは誰もがわかる状態(ただ自分は冒頭部分の動画を見ずに映画館へ)。
アニメに詳しい人なら「カウボーイビバップ」や「マクロスプラス」で監督を務めた渡辺信一郎氏が絵コンテに参加していると言えば、どういう作品に仕上がっているかはわかるはず。
いわゆるハードボイルドに演出され、静かな場面が多い。
その場の空気感を演出することに重きを置いているように感じられ、冒頭のハイジャックシーンにおける張りつめた空気感は、この作品に漂うダークな部分と大人な部分の両方を象徴している。
同様にエロティックな部分も特徴的。
いたるところに夜の営みを感じさせる要素がヒロインのギギのみならず、その場にいた脇役たちにも感じられている。
その描写も、首筋から胸の谷間に流れる汗といった、直接的ではない描写(と同時にある種の変態的な描写)に留まっており、余計にエロさを感じる。

一方でなかなかに直接的な性行為を匂わせる台詞が多々ある。
原作者の富野監督は、初代「ガンダム」の頃から性を意識させるような描写が珍しくなく、ララァが娼婦であったことは代表的。
後の「Zガンダム」になると明確に男と女という対立構造を打ち出して、「逆襲のシャア」ではシャアとナナイ、そしてクェスの乱暴なまでの嫉妬心といった具合に、
戦争という大きな事象を描きながら、人間同士の生々しいまでの関係を演出してきた。
当然ながらアニメという子供も見る媒体である以上、描写の線引きという製作時の闘いが繰り広げられていたことは想像できるが、小説となれば話は別。
アニメ映画での台詞が原作に忠実かどうかはわからないが、生々しいまでの肉体関係を想起させるこの台詞のやり取りは、富野監督の特徴が色濃くでたものだと言える。
一方でこの作品の物語が、"一介の青年による革命"というものでもあると考えた時、嫌がおうにも彷彿とさせるのは日本の学生運動や、今現在起きている香港の問題。

小説が連載開始した1989年と言えば、バブルが終わる少し前。
学生ならびに左翼による運動が落ち着いた状態の中で刊行されたこの物語が、男と女という関係の中で揺れ動くという、大きな思想と個人的な心情という本来結びついてはならないものがせめぎ合っている様が、
それまで日本国内で行われてきた運動の終焉に至る要因のひとつを表していると言ってもいい。
大義名分を抱えど、付きまとうは女の影。そしてトラウマ。
主人公ハサウェイが抱える「逆襲のシャア」でのトラウマを必死に振り払いながらマフティを演じる様子は、まさしく日本で起きた数々の運動の真実を表現していると言える。
中盤における都市上空での陽動作戦および迎撃戦の顛末は、仲間の犠牲がハサウェイとギギの抱き合う様子をまるで祝福しているような花火に見える描写などは、まさしく思想と心情のアンビバレントさを象徴しているシーンと言える。
そして、この物語が1989年というタイミングで出されたことに意味を感じずにはいられない。
もしかしたら富野監督は当時、日本の若き革命家達の軌跡を総括し、
ガンダムにおいて長きに渡って描いてきた反権力の物語を終わらせるために書いたのかもしれない。


物語は政治劇、人間関係に重きを置いているため緊張感があるが、
中盤及び終盤における戦闘シーンは、それまでの静けさをぶち壊すような迫力あるものが描かれる。
今作における戦闘シーンには特徴があり、ガンダムならびにMSの全景がハッキリと描かれない。
これだけ聞くと最近のハリウッド版ゴジラにおける「暗くてよくわかんない!」という不満に通じるかもしれないが、三次元戦闘を強く意識したものとなっており、敵との間合いが一瞬交差する高速戦闘が繰り広げられるため。
コックピット内の描写では全天周モニタに米粒ほど小さく映った敵機が左に映ったかと思えば、爆音と共にモニタに大きく映し出され、反対方向へまた再度米粒みたいに小さく映し出されるといったぐあいに、上下左右に目まぐるしく目線が移動する。
カメラも同様にコックピット内を回転するため、アニメでは表現が難しい手前から奥への移動方向が描写される。ここらへんは恐らく3DCGによる描写だと思われるが、手書き状態のものと違和感なく描画されている。
高速で繰り広げられる戦闘であるが故に、機体の全景が終盤近くまでハッキリとは描かれないというものになっているが、物語において主役機であるクスィーガンダムが遂に登場するという重要なシーンでようやく全景が見えるというエモーショナルな演出になっており、それまでの機体がハッキリと描かれない描写が前振りとして機能している。
音に関してもIMAXが無いことが惜しいぐらいに重低音が強く、
機体のブースター音もさることながら、重力下での長時間飛行を可能にしたミノフスキークラフトの独特の作動音も特徴的で、いわゆる「ヤバイ奴」感が出ていて素晴らしい。
衝突や被弾の際の警告音が次第に早まるといった描写も緊張感を煽る。

そもそも冒頭シーンから「2001年宇宙の旅」を彷彿とさせる無重力描写が描かれているところからしても、この映画はアニメとしてのガンダムを描こうとしているというよりも、
SF映画としてのガンダムを描こうとしている。
戦闘シーンもそれにならってリアルな方向性に舵を切ったと思われる。
その出来栄えから、自分は2016年に公開された「ローグワン」の戦闘シーンを思い出した。
宇宙から地上を見下ろすシーンで感動した「ローグワン」さながらの迫力あるカメラ移動をアニメで再現してみせたこの作品は、ハリウッド映画に引けを取らない映像的カタルシスを感じた。
ハリウッドがもしガンダムを実写化するなら、この作品以上のものを出してもらわないと、実写化の意味はないとも思った。



言わずもがなではあるものの、
あの設定ややこしいガンダムである。
台詞の節々に登場する固有名詞や、ギギの意味不明な会話のやり取りなんかはガンダムを知っているかどうかで理解度が変わってくる。
ガンダムシリーズ初見には辛い作品であるのは従来通りではあるものの、
単純に今のアニメがどれぐらいクオリティなのかというのを確かめに行くだけでも見応えがある映像面でのクオリティが高い。

変な話、上映後は口元が終始笑顔で、マスクをしていてほんとに良かった・・・。
(当然、帰り道にクスィーガンダムのプラモを買おうとした)
(なかった・・・)
しおまめ

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