パングロス

ああ爆弾のパングロスのレビュー・感想・評価

ああ爆弾(1964年製作の映画)
2.3
◎古今東西和洋折衷 大失敗怪作爆弾ミュージカル

1964年 95分 モノクロ 東宝 シネマスコープ
*状態は特段問題なし

岡本喜八(1924-2005)の監督作品には多くは接していないが、何と言っても『日本のいちばん長い日』(1967年)は扱った題材といい、エッジの利いた俳優たちの鬼気迫る演技と演出といい、157分という長尺を忘れるほどの大傑作だ。
晩年の『大誘拐』(1991年)も間違いなく北林谷栄のベストアクト、この時期の邦画としては例外的な面白さだった。


【以下ネタバレ注意⚠️】




本作は、クセ強俳優の代表選手、「怪優」を冠とする、普段は脇役ばかりの伊藤雄之助が珍しく主役を買って出ていた。

演ずるは、ヤクザの親分、大名(おおな)大作。
刑務所で三年の懲役をつとめあげ、ようやく娑婆へ出所した。

冒頭、まず能の囃子の音楽が流れると、能舞台で面をつけたシテが橋掛かりに登場する際の入り口、揚げ幕があがる。

「刑法第何条」なんたらかんたらと、刑法の条文が能の謡(うたい、謡曲とも言う)の節で謡われる。
観世流か、宝生流か、流派までは分からないが、本式(プロ)らしき謡で、現在ならクレジットに謡と節付を担当した能役者の名前が表示されるはずだ。

そろりそろりと摺り足で登場したのは、能のシテ方ならぬ、大名大平親分。
伊藤雄之助は、祖父は七代目澤村訥子、父は初代澤村宗之助、兄が二代目を継ぎ、本人も澤村雄之助を名乗って子役として舞台をつとめた歌舞伎役者一家の一員。
だが、江戸時代、武家の式楽であった能は、河原者と見られていた歌舞伎役者が演ずることを(『勧進帳』など一部の例外を除いて)許していなかった。
このため、能由来の歌舞伎「松羽目物」も、演技や装束は、元の能から大分さまを変えて演じるのが通例。
これに対して、狂言ネタの「松羽目物」は、規制も緩く、装束やセリフは、元の狂言と大きな相違はない。

元歌舞伎役者の伊藤雄之助も、狂言風の演技はできても、本式の能については、そもそも習得もできていなかったはずだ。
(現在では、こうした芸能間の身分差別的な扱いはなくなったこともあり、当代坂東玉三郎丈は観世流宗家、観世清和師について能を学んでいたりする。)

本作のシテ(主役)大名大平の登場までの囃子、謡は本式の能でも、シテのセリフは狂言風になるのは、本来なら違和感があるのだが、以上のような事情もあり、約束事を無視した折衷的なものとなったのであろう。

また、そもそも、源氏物語や平家物語の登場人物をシテとする幻想劇ならいざ知らず、ヤクザという世俗の極みたる主人公に見立てるには、能よりも狂言のシテの代表格、大名(だいみょう)の方が相応しい。
大平の姓を、大名(おおな)としたのも、ここから来ていると考えられ、そのために主となる狂言風の演技を、能の囃子と謡とで飾った程度の趣向と理解した方が適当かも知れない。

さて、狂言の大名たる大平は、刑務所仲間の太郎を、太郎冠者よろしく子分として使役する。

二人が家に戻るため、電車に乗ると、太郎は、
🎵松原父ちゃん、消ゆる母ちゃん、‥‥
と文部省唱歌『海』の替え歌を嬉々として歌う。

家では、妻の梅子(越路吹雪)が大平の留守中、宗教に凝り、
「ミョオホーレンゲィキョオ、
ナムミョーホーレンゲーキョー、‥」
と、法華太鼓を叩きながら一心不乱に題目を唱えている。

終盤で、再び梅子が登場するが、大平は
「俺んちの宗派は念仏だ」
と、ばかり、題目に対抗して、
「南無阿弥陀仏、ナムアミダブ、‥」
と高声を張る。
夢中になって、題目を、念仏を唱える二人。
いつしか「南無妙法蓮華経」と「南無阿弥陀仏」が入れ替わって‥‥
というのは、狂言の『宗論』(歌舞伎の『鏡獅子』の間狂言にも採り入れられている)が出元の、あまりにも有名なネタではある。

その他、御詠歌、義太夫、能『安宅』のキリ謡、浪曲、落語の出囃子、グレンミラー楽団のパロディ、ジャズ、タンゴ、ワルツetc.etc.と、古今東西のあらゆる音楽を次から次へと繰り出す、パッチワーク・ミュージカルの様相を呈する。

いわゆるミュージカル、アメリカン・オペレッタとして、ブロードウェイに、映画にと、1950年代をピークとして大流行したような、いかにもミュージカルらしい場面は、後半に入って、デスクに居並ぶ銀行職員と、とぼけた味わいの髭メガネな有島一郎の銀行支店長、ウルトラマンのフジ・アキコ隊員として顔を知られた桜井浩子銀行秘書らが愉快に歌って踊るシーンとして、ようやく現れる。

音楽は、クラシック音楽の世界でも作曲家として名を馳せていた早坂文雄の跡を継いで、黒澤明の映画音楽を担当するようになった斯界の第一人者、国立音大出の佐藤勝である。

だが、上述した能の囃子と謡に乗せて狂言風に演技する主役を登場させるなど、本式を目指したようで微妙に違和感を残す、帯に短し襷に長し的な出来栄えのパッチワーク、すなわち生煮えのゴッタ煮のごとき作り上がりになってしまっている。

音楽の他にも、色々、細々と盛んに実験的なチャレンジはしていると見受けられるものの、コメディとしての笑いや、映画の質を高めるものとして結実していない恨みが残る。

特に驚きもないストーリー展開を、ゴタゴタゴタと和洋折衷、古今東西、支離滅裂な諸々の音楽で飾り、面白くもないギャグの乱れ打ちの責苦にあわせられるには、95分の上映時間は長過ぎる。

要は、本作、やたら意気軒昂に、実験意識を全面開花させて作ったコメディだが、それらの効果は惨憺たる失敗に終わった、と評価せざるを得ない。

珍品は珍品だが、イカモノ喰い以外にはお薦めできない代物ではある。

《参考》
*1 「ああ爆弾」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 ああ爆弾
1964年4月18日公開、95分、
コメディ/ミュージカル
moviewalker.jp/mv21171/

*3 名画座マイト館
『ああ爆弾』岡本喜八監督(1964年)
2012年01月11日(水) 20時40分37秒
ameblo.jp/kazegayonnderu/entry-11133160777.html

*4 居ながらシネマ
家に居ながら映画を楽しみロケ地を巡るものぐさなサイト
『ああ爆弾』 (1964)
2014.11.30 2022.06.16
inagara.octsky.net/aa-bakudan

*5 おじさんの映画三昧
ああ爆弾 23/06/30 07:22
blog.goo.ne.jp/zanmaiykt/e/383d65bb8a878e2433c68a58105affe0

《上映館公式ページ》
生誕百年 女優特集・第2弾
〈宝塚歌劇出身の2大女優〉
越路吹雪と淡島千景
2024.4.29〜6.7 シネ・ヌーヴォ
www.cinenouveau.com/sakuhin/koshijiawashima/koshijiawashima.html
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