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閉鎖病棟ーそれぞれの朝ーのずどこんちょのレビュー・感想・評価

閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー(2019年製作の映画)
3.3
その名の通り、精神病院で交流する人々とそこで発生した事件を描いたドラマです。
原作者は精神科医でもあるそうで、病院の管理体制に関してはちょっと疑問もありましたが、病気に関する描写は確かにリアルに感じました。

例えば綾野剛演じるチュウさんは一見すると普通の青年です。
病院の許可を受けて自由に街へ買い物にも繰り出せるし、買ってきたものを入院患者に転売するちゃっかりしたところも。コミュニケーションに難はなく、他の入院患者と比べれば程度は軽そう。
しかし、強いストレスを受けると頭の中で多くの人々の笑い声や陰口が聞こえてきて反響します。そうなった時のチュウさんは男の医師や看護師たちに押さえ込まれながら保護室へと連行される程、手に負えなくなるのです。発症した時の綾野剛の悲痛な叫び声が本当に苦しそうで、普段の優しいチュウさんとのギャップを感じて直視することが辛くなりました。
これが、精神病院のリアルなのかもしれません。頻繁に起こる普通の出来事であったとしても、初めて見る人を不安にさせてしまうギャップ。それが何も知らない人々をいたずらに不安にさせます。
でも、日頃のチュウさんや秀丸さん、由紀の本物の家族以上の繋がりを見ると、不要に恐れる必要はなく、それぞれの事情を抱えながらも懸命に生きていることがよく分かります。

綾野剛のみならず、出演者たちの演技に引き込まれます。
重たい過去を背負う由紀を演じる小松菜奈。夜明けに希望を見出す姿にとても強さを感じました。
それから秀丸さんを演じた笑福亭鶴瓶です。渋みがあって素晴らしかったです。本作はいきなり秀丸さんの死刑執行シーンから始まり、彼が死刑で死にきれなかったところから物語が始まります。
次に彼が登場した時、彼は既に入院患者となって陶芸に精を出していました。大きな罪を抱えて彼は一度死にました。ところが、この病院に来てチュウさんらと関わるうちに、また生きる意味を見出し始めたのです。
そんな最中で起きた、とある事件。秀丸さんは再び生きる道を閉ざしてしまうのです。強い覚悟があって行ったこととは言え、生命力を失った秀丸さんを救えるのは家族以上の絆で結ばれたチュウさん達しかいなかったと思います。最後の秀丸さんの挑戦は、また彼が人生をやり直そうとする兆しを感じて素晴らしかったです。

なるほどと思うのは、チュウさん、秀丸さん、由紀があんなに本物の家族以上に信頼し合い、心を寄せ合っていたとしても、実は彼らが直接それぞれの抱える事情を告白することはないのです。
むしろ、由紀が秀丸さんが犯した罪の話題を探ろうとした時、チュウさんはそれを制します。
誰もが事情を抱えてこの病院に入院している。その事実は変わりません。でもその事情が、一人一人の個性や尊厳を変えるわけではない。事情はどうであれ、今ここに前向きになって生きようとしていることは何より尊いのです。
暗黙の了解でそれぞれの事情を掘り返さず、今現在の互いの存在を大切にする彼らの繋がりは、何よりも深く、そして何よりも優しいと思いました。