ヨーク

家にはいたけれどのヨークのレビュー・感想・評価

家にはいたけれど(2019年製作の映画)
4.1
アンゲラ・シャーネレクの二本目です。
前回観た『儚き道』は面白い…けどなぁ…という感じだったが本作『家にはいたけれど』はかなり面白かった。まぁかなり面白いとは言ってもいわゆる娯楽作品的な面白さは皆無で『儚き道』同様にハイコンテクストなアート映画といった趣ではあるのだが、個人的にはこちらの方が好きだし素直に面白かったと思いますね。
ストーリーは『儚き道』がそうだったようにイマイチ掴みどころがないもので、恐らくかつては女優であったのであろうシングルマザーの女性がいるんだけど、その息子が数日間失踪するんですね。たしか小6とか中1くらいの年齢だったと思うが、その息子は突然失踪して突然戻ってくるんだけどその失踪中に何があったのかはよく分からない。そしてそのシングルマザーには年下の若い恋人がいて定期的に会っているんだけどその男とのラブロマンスが展開されていくのかというとそうでもない。はたまた多分失踪した息子が通っている学校では生徒たちがシェイクスピアの『ハムレット』を上演するらしくて練習している風景が度々挿入されるんだけど、その学芸会? の上演がドラマのハイライトになるのかというとそれも違う。ただ、今書いた3つの軸は全て何かしらの関連は持っているのでそれらのシーンが往還するだけでそれっぽいドラマを感じることはできるのだが、本作ではそれら少年の失踪やシングルマザーと若い男や子供たちの『ハムレット』とはさらに何の関係もない二人の友達以上恋人未満的な男女をも描くのだ。多分、その女を好いている男とその男の愛を受け入れられずに孤独になることだけを求める女。その姿が要所要所で挿入されるのである。こうなるともう収集つかんよね。そういう何を観ているのかよく分かんなくなってくる映画でした。
何とか説明しようと思ったがやっぱあらすじとか説明不可能だわ、この映画。ただ、それは『儚き道』でもそうだったけど物語性の排除であり、何かが起こるシーンを観せないというのも、その描かれない何かが起こったせいで登場人物たちの運命が変わったのだということを観せないというのも、これまで無数に積み重ねられてきた映画作品の上にあるものとして非常に巧妙に暗号化や記号化されたものを読み取ってくれというハイコンテクスト化だと思うんですよ。それは個人的には『儚き道』の中では、やりすぎ、尖りすぎ、という印象だったのだが本作では非常に良い塩梅だったと思う。
というのは本作では各シークエンスが物語としてどういう風に有機的につながっているのかということはとても難解で一度観ただけではよく分からないところがあるのだが、こと登場人物たちのキャラクター性というものは『儚き道』と比べると遥かに分かりやすく描かれていたし、そこにはユーモアと共に人間性がハッキリとあったのである。たとえば主役格のシングルマザーはややヒステリーの気があり子供たちにもついキレ散らかしたりしてしまうのだが、台所を汚した子供にキレまくりながらその子供に宥められるという親としてどうなのよそれというシーンがあったりもするのだが、キレながら子供たちにヨシヨシされているシーンはなんだかどっちが子供なのか分からなくなって笑っちゃうところはある。また別のシーンでは、そのシングルマザーが偶然会った旧知っぽい映画監督と彼の新作について議論するのだが、彼女はついつい熱くなってやや攻撃的とも取れる口調で彼の作品内のシーンにダメ出しをするのである。しかし、それは日常の極みとも言えるようなスーパーの帰り道での出来事で、ハイレベルな演技論にも聞こえる意見の応酬は晩御飯の食材を乗せた自転車を押しながら行われるのである。このギャップも何だか笑ってしまった。
こういうユーモアは『儚き道』ではあまり感じなかった。感想文でも書いたが『儚き道』は徹底的に顔が見えてこない映画だったんだけど、本作ではより登場人物の顔、及びその感情は描かれていたと思う。もちろん、それでも最初に書いたように一般的な娯楽作品にあるような物語性はとことん削ぎ落されているので、なんなんだこの映画は…という感じではあるのだが、本作にはコラージュとしての過去作の引用だけでなく生っぽい人間性があるとは思う。ラストでしっかりと地面を踏んで歩く足なんかはまさにそういう感じだ。
そこにはタランティーノのような引用とコラージュの嵐よりはちゃんと実感のある感じはするんですよ。冒頭とラストにある動物のシーンなんかは正にそうだと思うんだけど、嘘を嘘だと開き直ることへの罪悪感のようなものがある、と思うんですよね。
本作は引用の果てにある洗練という意味では正に現代映画の極北と言ってもいいような作品かもしれないが、そこには大胆に物語をカットしていきながらも根源の部分に通底している普遍性のようなものを感じさせるんですよ。孤独を求める女とそれに付いていく男のシーン、そこにある王冠の描写が一見バラバラに見える本作の各要素を有機的に結び付けていると思う。
ま、何か分かったようなことを書きながらも正直一回観ただけでは、何だったんだこれ…感が強い作品なのでもう一度観たいなぁ、と思っているんですけど、俺が観たばっかりの映画に対してもう一回観たいと感じるのはかなり稀有なことだからな! なのでまぁ、面白い映画でしたね。もしかしたらもう一回観たらスコアがグンと跳ね上がるかもしれない。4.1というスコアは俺の中では平均より上ではあるはずなのだが。
まぁ観直してさらに衝撃を受けたらまた追記いたします。とにかく初見としては面白かった。
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