netfilms

システム・クラッシャー/システム・クラッシャー 家に帰りたいのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.3
 あの赤いジャケット(実際はピンク色)を羽織ったポスターの彼女の太々しいまでの表情が最高で、これはもう絶対にゴールデン・ウィークに観なければならないと心に決めていたのだが、とにかく壮絶に涙が出た。というかこれはもう21世紀版の『大人は判ってくれない』と呼んでしまって良い見事な傑作ではないか?自分の新しい恋人に手一杯で、ほとんど育児放棄状態の母親は自己肯定感が極めて低く、自己愛が強いため、3兄妹の中で面倒な子供だけを自身から遠ざけようとする。それ自体が身勝手な振る舞いだと思わなくもないが、この子供ならばどんなに忍耐強い大人でも進んで匙を投げると思わずにはいられない。9歳の少女ベニー(へレナ・ツェンゲル)は幼少期に父親から受けたトラウマのせいで、とにかく癇癪持ちで、自分の意に沿わないことに対しては突然怒り出し、怒り狂って暴れ出す。それはいわば病気の発作のようなものだと思う。普段どんなに禁欲的に務めていようが、ひとたび発作が起きれば手が付けられない。いわばタチの悪いウザ絡みのようで、とても犬や猫の甘噛みとは言えないブロークン(破壊的)な衝動である。

 散々暴れたベニーの心象風景及び眼前には、発作にも近いめまいが見受けられる。気絶する前の悪夢のような描写は正に、ダウンジャケットのピンクにも似たようなピンク色の発作で、彼女を妄想の世界から現実の世界へと連れ戻す。とはいえまだ9歳という年端も行かぬ子供だから、自分と社会との関係までは深く気付いていない。ネグレクトや毒親やモンスター・ピアレンツ問題はまったく違う問題系だが、それぞれが実は発端に似たような問題が在ると考える識者や研究者も多い。社会から往々にして炙れてしまう問題児を問題児として捉えるのではなく、社会の枠組みの一員として捉えようとするドイツ社会の崇高な意思や福祉の生真面目な態度に私はひとたび安堵する。ここには社会のシステムから零れ落ちて行くヒロインを掬い上げようとするドイツ行政の良心がありありと感じられるが、然しながらベニーの心は一向に安堵しない。甘やかした途端に依存するタチの悪い愛情はまるで潮の満ち引きのようにも見える。恐る恐る彼女の心の平静を見計らいながら、妥協点を探ることも出来ないリアリズムはまた、社会のシステムに従事する大人たちの倫理的な矛盾を明らかにする。今作も『マンティコア 怪物』同様にクライマックスの10分が蛇足なのだが、社会のシステムの脆弱さを問うノラ・フィングシャイトの類まれな資質はお見事と呼ぶしかない。然しながらもはや特殊とは言えないこのような病気の解決策は、現時点では周囲の大人の配慮や良識に留まるという見解に頼る他ないのだ。とにかく9歳の少女ベニーを演じたへレナ・ツェンゲルの演技が圧倒的に神懸かり、ここ10年でも見たことがない質を誇る傑作である。
netfilms

netfilms