マーフィー

システム・クラッシャー/システム・クラッシャー 家に帰りたいのマーフィーのレビュー・感想・評価

5.0
2024/05/11鑑賞。

頭の中で苦しいと優しいとエネルギッシュがごちゃ混ぜになる感じが、
すごく疲れるけどすごくいい。
悲劇的なのにこの軽快な後味。どう表現すればいいのだろうか。すごい。

「システムクラッシャー」
子どもに対して存在する隠語としてこんなにひどいものはないなと思う。
「お前は居場所を破壊していく害悪だ」と言っているようなもの。
「子どもたちの『暴力』とは、彼らが常に助けを求める『叫び』なのです」(パンフレットより)と述べるノラ・フィングシャイト監督は、システムクラッシャーと呼ばれる子どもたちについて、そしてこの言葉そのものいついて問題提起をしているのではないかと思う。
そしていわゆる愛の素晴らしさみたいな綺麗事な帰結でもなく、
だからと言って悪魔の子のような描き方も上手く避けてる。
問題提起としてとても秀逸だと思う。



支援などの関係性で子どもと関わる時、「信頼を得ようと優しく接する」みたいなのではなく、
ミヒャのように、「子どもを子どもとしてではなく1人の人間としてフラットに見て尊重する態度」が私はベストだと思う。
それは時に子どもに対して冷たく見える時もあるが、
根底に必ず愛があり、
1人の人間として対等な関係として接しているからこそのものだと思う。
とことん寄り添うフラットさと、
「やる気ない」
「なくてもできる」
みたいな返しを子どもにポーンと投げれるフラットさ。
でも愛はある。
この塩梅が、本当に1人の人間として見ていることを強く感じさせる。

そして少しずつ距離が近くなっていく2人を、様々な方法で表しているのが見事(具体的にはコメント欄)。
しかし一方で、その関係のバランスが崩れたときの危うさも目を逸らさずにしっかり描いている点もめちゃくちゃポイント高い。

そしてもう一点、支援者がただの1人もベニーを見捨てないのがこの映画としては一番大事だと思う。上手くいかないけど誰も匙を投げない。
関係者会議の視野が広い。ドイツのケースワークでは海外の支援まで検討するのは当たり前のことなのだろうか。パンフレットにあった、「皮肉にも移民を受け入れているドイツが自国民を追い出すことになる」という解釈に繋がるのも上手い。



画や音もものすごく良い。
フラッシュバックの演出はもちろん良いし、
ピンクの使い方もものすごく印象的。

都会と山で暮らしの対比もとてもきれい。
ベニーが走るシーンの爆発力はすごくエネルギーに満ち溢れてて良いシーンだが、
森で走るシーンだけは全く別の雰囲気になっていて、
エネルギッシュな爆走シーンがあるからこそ成立する落差が良い。



ベニーを演じたヘレナ・ツェンゲルの圧倒的な演技力。
暴力性を抑えきれなくて、何度も拘束されて、何度も施設をたらい回しにされて。
ベニー自身も止められない後悔のループが、ベッドの上で一点を見つめるベニーの表情に現れていたと思う。

ミヒャ役、アルブレヒト・シュッフの落ち着いた雰囲気からくる、
ベニーとの絶妙な距離感がすごく心地よくて、お前ら山で一生一緒にいてくれやと思う。山のライフタイムにリスペクト。

また、何とも言えない表情がものすごく良い。
ベニーに対して何度か「何もしてあげられない」というような無力感ともどかしさが混在したような表情は見入ってしまった。

バファネ役、ガブリエラ=マリア・シュマイデの愛にあふれる演技も素敵だった。
一番諦めずにベニーのことを支え続けているソーシャルワーカーの鑑。
専門職として線を引きながらも、あるきっかけで泣き崩れる様は感情労働の難しさをよく表しているとともに、この作品屈指の名シーンであると思う。


余談になるけど、システムクラッシャーと呼ばれる子どもの「暴力」は、
強度行動障害の人の問題行動と同じ関係にあると感じた。
一部の識者が問題行動のことを「問題提起行動」と呼ぶこともあり、よりシステムクラッシャーと呼ばれる子どもの「叫び」に近いものであると思った。
問題行動は氷山モデルでとらえその根底にある原因にアプローチすることが重要であり、システムクラッシャーと呼ばれる子どもの支援も同じことが言えるのではないだろうか。


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