YAJ

赤い闇 スターリンの冷たい大地でのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

3.3

このレビューはネタバレを含みます

【人違い】

 観る価値はあった力作。
 エンドロールで知らされる本作主人公フリーランスのジャーナリストGareth Jones(James Norton)の最期と、本作では権力に靡いたマスコミの具現として描かれるピューリッツァ賞受賞者のNYタイムズモスクワ支社長のWalter Duranty(Peter Sarsaard)のその後の対比が、鑑賞後の気持ちをぐっと重くさせる。
 それはきっと、事実を捻じ曲げ隠ぺいする権力や、それに擦り寄りまったく機能していないメディアや、フェイクニュースが跋扈する現状を垣間見るからだろう。
「マスコミの腐敗、臆病な政府、人々の無関心などのさまざまな問題に直結している」とポーランド人監督のAgniszka Hollandが言うように、第二次世界大戦前夜ともいえる時代を描きながら、主題は現代(いま)だ。

 とはいえ、上記の主題が明確に描けていたかというと、ちょっと☆は減じておきたい。またも邦題(及び予告編)にミスリードされたってとこだけど、「赤い闇」としてるけど、描かれている闇は、ソ連、スターリンの、鉄のカーテンの向こうにある闇だけじゃないよね。権力とメディアに潜む、より悪質な闇を問題視している。題材として面白いのに、実に地味。いや、滋味溢れる作家性の高い映像美ではあったが、もう少し分かりやすく描いてもよかったのかな。

 フライヤや予告編で、雪の中、カメラを構えるジョーンズの姿が印象的だ。場所はソ連邦ウクライナだけど、ФЭДやЗОРКИЙじゃない。時は1933年。まさにバルナックライカの典型が完成した頃だ、LeicaⅡか、ひょっとしたら当時最新のLeicaⅢを手にしてるのかもしれない。
 ちょっとそんなところはワクワクさせてもらった(笑)



(ネタバレ、含む)



 少し消化不良だったのは、もちろん自分の勉強不足もあってのこと、という反省はある。
 なにしろ、本作の隠し味となっている、ジョージ・オーウェルとジョーンズの関連が、よく理解できていなかった。

 冒頭から、Joseph Mawle演じるGeorge Orwellは顔を出しており、彼の代表作である『動物農場』の執筆シーンから始まるのだが、George Orwellの外見の印象を持っておらず、というか、George Orwellと聞いて、悪いことに脳裏にはOrson Wellesの顔が浮かんでいたもんだから始末が悪い。人違いも甚だしい!(笑)
 ウクライナでの過酷な取材を終えて戻ってきたJonesと知己を得るOrwellだが、「こいつ誰?」としか思えず、この作品でのエピソードが、『動物農場』の重要なモチーフになっているという妙味が理解できていなかった。

 面白い脚色もあった。スターリン時代のモスクワに降り立ったJones。ヒロインADA(Vanessa Kirby)の背後に付きまとう男が何ものかとJonesが尋ねると、ADAは、「監視人よ」と答える。ソ連時代、我々の商社マンの先輩からもこうした当局による尾行の話を聞かされたもの。
 字幕では「監視人」とあったが、ADAのセリフは「He is a Big Brother」。これは、正にGeorge Orwellの『1984』に登場する管理社会に君臨する人物のことだ。
 『1984』が世に出たのが1949年と本作の時代よりかなり後。なので、この時代に自分を監視している存在のことを「Big Brother」と称するのは、恐らく、時代考証的におかしいはず。いや、逆にそう言われていたのを『1984』の中でも使ったのかもしれない。いずれにせよ、本作がGeorge Orwellの作品と深く結びついていることを匂わせる、敢えてのセリフだったんだろうなと思った。
 でも、そこでも、脳裏に浮かんでた顔がオーソン・ウェルズだったんだよな~(涙)

 で、また悪いことに、オーソン・ウェルズが『市民ケーン』で描き、自身でも演じたアメリカの新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストも登場してくるというのだから質が悪い、つーか、ややこしい!(苦笑)

 そんな不勉強な背景も整理して、改めて観れば、また違った視点で理解も深まった作品だったとは思う。いろんな意味で、惜しい!
YAJ

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