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ゴーストタウン・アンソロジーのukigumo09のレビュー・感想・評価

3.4
2019年のドゥニ・コテ監督作品。彼はカナダ出身の監督で、ステファン・ラフルールやマキシム・ジルー、ラファエル・ウレットなど、2004年あたりから出てきたケベック映画の作り手の総称としての「ケベックニューウェーブ」の代表的な人物である。数多くの短編を撮り実験映画の担い手として、また1999年から2005年まではラジオでの映画評論なども行い幅広く活躍していた。長編デビュー作は2005年の『Drifting State』である。低予算、素人俳優のみで撮影されたこの映画は、田舎の人々の孤独や病気の母親の尊厳死が描かれており、ロカルノ国際映画祭でビデオ作品の金豹賞を受賞している。その後も年に1本ほどのペースで新作を撮っているが日本で劇場公開されてたのは今のところ『ヴィクとフロ、熊に会う(2013)』のみである。元囚人のヴィクトリアとフロレンスの同性カップルが人生の再スタートを試みるが、以前の過ちに追いつめられる運命の苛烈さを描いたこの作品はベルリン国際映画祭でアルフレッド・バウワー賞を受賞するなど話題になった作品である。

『ゴーストタウン・アンソロジー』はローレンス・オリヴィエが書いた小説を基にしている。オリジナル作品が多いドゥニ・コテ監督作品では異例だが、今にもゴーストタウンになってしまいそうな田舎のコミュニティの寒々とした寓話はいかにもドゥニ・コテ的と言えるような題材である。物語は人口が215人しかいないケベック州のイレネ・レ・ネージュを舞台としている。人気のないハイウェイを高速で走行する車が突然道からはみ出し、道路わきの納屋のコンクリートに突っ込むところから映画は始まる。この車を運転していた21歳のシモンはすぐに死んでしまうのだが、小さな町での若者の死は町を揺るがすことになる。雪で覆われたこの地では春になるまで死者は埋葬できず、静かに保管されている。人々はシモンの死を事故だの自殺だのと考えを巡らせて若者の死を悼みながらもすっきりしない様子だ。兄のジミー(ロバート・ネイラー)は弟の謎の死に深く傷つき、憔悴している。そもそも彼は地元の鉱山が冬場は閉鎖されるためやることがなく希望を失っていたところだった。ジミーの将来の見えなさは、若者が少なく人口も減少傾向のイレネ・レ・ネージュの町の未来を思わせる。雪に覆われ、霧が立ち込めるこの町の寂れ具合はゴーストタウンという言葉が相応しいのかもしれない。
しかしこの町が本当の意味でゴーストタウンであるというのは寂れているからというだけではない。シモンの死が契機となったのかは不明だが、奇妙なマスクを被った幽霊が部屋の隅や街角に現れるようになる。幽霊は生者とさほど変わらぬ佇まいで、襲ったり話しかけてきたりするわけでもなく、ただそこにいる。数日前に死んだ者から数十年前に死んだ者まで幽霊の経歴は様々だが、この騒ぎで町は混乱する。町長の説明によると都市部には現れていないが、ケベック州内の同じような小さな町では目撃情報があるという。大都市が発達し変化していく社会システムの中で、地方は切り離され住民は見放されていることと無関係ではなさそうだが、この映画では安直な回答は提示されない。

雪に覆われ、霧が立ち込める真っ白なゴーストタウンを捉える本作の撮影にはあえて粒子の荒いスーパー16mmフィルムが採用されている。これにより未来がなく死にかけている人と死んだ人の境界線があいまいになっているように感じるだろう。ドキュメンタリー風のリアリズムな撮影に超現実的な幽霊がシームレスに入り込んでも違和感なく溶け込めるのもこの16mmの効果である。このジャンル分けも困難な社会派お化け映画は一度観るとクセになるかもしれない。
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