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イエスタデイのmickeyのレビュー・感想・評価

イエスタデイ(2019年製作の映画)
3.9
まず主人公に「お前、感情を掬い取って歌詞に乗せて伝えるミュージシャンが、身近に想って尽くしてくれる人の感情に気付けないってどういうことだ!」と小一時間説教したい。
それくらいリリー・ジェームズが魅力的です。
この映画の半分はビートルズで出来ていますが、もう半分はリリー・ジェームズで出来ています。

一つ大きな疑問があります。
これはパクリなのか?
例えば、自分の大好きなミュージシャンが「リリースした楽曲は全て〇〇の曲だ」と謝罪して引退したとします。検索しても〇〇は出てこない、存在しない。
自分がファンなら、まだまだ歌ってほしいと思うはず。
ビートルズの存在しない世界で、主人公しかビートルズの音楽を再現できないのなら、ビートルズの曲を歌い続けることこそがビートルズに対する誠実さなのでは?

ある日目覚めたらビートルズがいる世界線になっているかも、そんな恐怖を抱えながらも覚悟を持ってビートルズを歌い続けるとか。
または、中盤で自作曲を歌って誰からも相手にされない描写がありますが、このまま「ビートルズの音楽」を歌うのか、それでも「自分の音楽」を取るのかというミュージシャンとしての葛藤があっても良かったのでは。そして「自分の音楽」を選択し、ファンは離れていくけど彼女だけは離れないエンディングでも良かったと思います(でも、これはコメディだし題材にしたビートルズにも失礼な展開かもしれないですね)。
当初の脚本では、主人公がビートルズの曲を歌っても僅かしか成功しないストーリーだったそうです。

恋愛パートの、主人公が急に有名になった為に生まれる恋のギャップも、共演したエド・シーラン自身が小学校の同級生と結婚しており、それならフィクションでやるよりエドの伝記の方がもっと映画的なのでは?と思ってしまいました。
色々書いてしまいましたが、本作が描いた「もしも」の世界は様々な展開を考えることができる面白い題材だったと思います。

個人的に、本作の見所は主人公とエドのソングライティング対決です。
このシーン、エドは当然手抜きで歌うはずがなく、主人公もビートルズの"The Long And Winding Road"を歌うとはいえ、観客が「これは主人公の勝ち!」と納得できるパフォーマンスをしないといけません。
ガチの歌唱対決です。
ヒメーシュ・パテルの歌唱力はとても説得力があり、音楽の生の魅力が作品を引っ張っていたと思います。鑑賞後、ビートルズを聴きたくなったくらいですから。


ただ、Coldplayをディスっていたのは不満です。
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