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Maison Du Bonheur(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Maison Du Bonheur(原題)(2017年製作の映画)
4.0
[全ての物質と行為に歴史が宿る] 80点

ソフィア・ボーダノヴィッチ長編二作目。オードリー・ベナック・ユニバースには含まれない珍しい作品だが、映画に登場する経験自体は監督本人のものであり、本作品も後にユニバースに回収される。本作品は監督の友人の母親で、モンマルトルにある古いマンションに50年以上住んでいる占星術師のジュリアーヌ・セラムについて、彼女を訪問した際の記録である。ボレックスの16mmフィルムカメラで撮影されているが、撮影を始めた頃は使い方も知らず、予算も10000ドルで、フィルムは全部で90分しかなかったらしい(オードリーが登場しないのはこういう訳だろう)。しかも、パリに行くまでジュリアーヌとは会ったことも話したこともなかったという。そのため、製作にかかわるすべての作業を自分ですることにした監督は、まずジュリアーヌとの関係を築くことにした。

チャーミングでおしゃべりなジュリアーヌは、様々なことを監督に打ち明ける。朝はコーヒーを入れて始まる。ベランダには蚊よけにも効果があるゲラニウムが大量に植えられていて、朝起きたら水をやるのが日課。近所の美容師マヌークは誰に対してもどんな時間でも親切で、長年利用している。安息日にはパンを焼く。などなど。彼女の行動や持ち物には子供の頃の思い出、若い頃の思い出が必ず紐付いていて、正しく"全ての物質と行為に歴史が宿る"という状態にあるが、懐古的な湿っぽさはなく、寧ろ自分の過ごしてきた時間を肯定することで、今の自分を肯定するような温かさがある。ジュリアーヌの言う占星術師は、占われる側の人生を豊かにするガイドであると語っているので、そういった価値観も彼女の人生観に影響しているのだろう。その温かさとポジティブさは"フランスには嫌な思い出がある"とする監督が、それを克服するのも目的の一つとして渡仏した今回の旅自体にも影響してくる。そして、監督は15年前の苦い記憶と対峙し、それを肯定することにする。

ちなみに、本作品の撮影終了後に30歳の誕生日を迎えた監督は、ダゲール通りのとある店で、『顔たち、ところどころ』を編集中の尊敬するアニエス・ヴァルダに偶然出会ったそうな。そして、低予算のドキュメンタリーを多く製作してきた彼女の存在が、本作品のポスプロから世界展開の後押しをしたとのこと。浜辺の閉じたパラソルとかヴァルダ自身が撮ってそうなシーンだよな。『コートダジュールの方へ』とか、そういう映画じゃなかったっけ?
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