このレビューはネタバレを含みます
【海鼠】
雨の週末。シャキっとしようと、映像が衝撃的というドキュメンタリを鑑賞。キューっと股間に震えが走るような見事な映像と、ヒトの飽くなきチャレンジに喝采の100分間でした。
来月からは、ジャック・マイヨールを描いた『ドルフィンマン』も同映画館でかかる。片や深海へ、片や天空へと、ベクトルは180度違うが、徒手空拳で挑む人間の能力の極限の世界はどこまでも美しい。
一見、どちらも馬鹿げた行為であり、常軌を逸するとの誹りを受けることも多々あろう。極めたところで、だから何なの?かもしれないけど、それが70億分の1だとしても人類の可能性の北限を押し広げる行為はただ只管に尊い。
感動的な最終チャレンジの前段は、アレックスの人格形成に至る家庭のことも具に語られる。普通の家庭に育っていれば(”普通“って何?ってのは、ひとまず置いておいて)、命懸けでクライミングには挑まなかったかもしれない。亡き父への追慕や、母親からの承認欲求など様々な要素が影響していることが知れる。いずれにせよ、人はアイデンティティの確立を求めるものだろう。それをやることが「お前らしい」と誰かに認められたいのだ。アレックスの場合、それがフリーソロだったに過ぎない。彼が、特段、異端の奇行者には見えなかった。ごく普通の若者だ。
きっと昔々にも誰もやらないことにチャレンジして、ある者は命を落とし、ある者は成功し、「ここまでは大丈夫」というラインを後世に伝えてきたのだと思う。
ふと、何故か、人類で初めて海鼠(なまこ)を食べてみようと思った人もいたんだろうなと思っていた。どう見ても食べ物のテイヲナシテいないと思うのだけど、食べようと試みたアンタは、誰がなんと言おうと、エライ!と私は思う。
だから、アレックス・オノルドも、エライ!!(なんのこっちゃ)
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(ネタバレは、そんなにないかな)
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製作陣は『MERU』のエリザベス・チャイ・バサルヘリィ&ジミー・チンの夫婦コンビ。ジミー・チンはフォトグラファーとしてもファンなので、彼の押さえる映像であれば間違いないと太鼓判を押して鑑賞できる。実際、期待通りの大迫力の未体験映像だった。これは映画館の大スクリーンで見るべし!
加え、本作はジミー・チンを筆頭とするクライマーでもある撮影隊と、主人公アレックスとのやりとりを表に出したところが絶妙だった。
見せ方によっては、本編に付随するメイキング映像的なシーンとも言える舞台裏である。裏方の表情や、同じクライマーとしてアレックスに寄せる期待と不安の心情を作品に加味したことで、臨場感と共にドラマッチクさ増幅を果たしている。
第三者である観客が正視できないようなシーンは、同業者として、仲間としてのほうが、より心が張り裂けんばかりだったろうというのを映し出していて、一緒になってドキドキすることが出来る。なかなか巧い編集だなと思った。
アレックスの恋人の存在も、いいアクセントになっていたね。
そして、感動的なドキュメンタリだということで結果は自ずと知れるところであるが、偉業を淡々とやり遂げたアレックスの人となりが、実にピュアで肩の力が抜けていて、いいんだな、これが。
ラストシーンも、実にいい。大きな成果を上げ、さぁ次は?!と周りは期待する。この後、どうする?と訊かれ、彼は何の迷いもなく「懸垂」と答える。これは日々、彼が行っているルーティーンなのだろう。そして実際、両手の指一本ずつで楽々と体を持ち上げるトレーニングシーンが映されエンディングに向かう。
以前観た映画『BVSC Adios』でも、オマーラ・ポルトゥオンドがホワイトハウスでオバマ大統領(当時)の前での演奏という晴れ舞台を終え、さて「次は?」と期待を膨らませたインタビュアーに問われるシーンがあった。彼女も「次の町へのバスに乗るだけよ」とサラリと答えるのだった。
偉業を成し遂げる人には、人類にとっての偉大な一歩ですら、ただの日常の延長でしかないのかもしれない。
「なまこの次? イソギンチャクかな」
それくらいのことなんだ、きっと(笑)