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トールキン 旅のはじまりのQTakaのレビュー・感想・評価

トールキン 旅のはじまり(2019年製作の映画)
3.7
「芸術で世界を変える」若者たちの決意が有った。
そして、その誓いから多くの物語が育まれた。
そこには苛烈を極めた第一次世界大戦の戦渦が有った。
そんな若者たちの青春を描いた一本。
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一人の作家がこの世に残した物が、今日様々な創作に影響を与えている。
その作家の姿を追う物語。
はたして、その時代を、彼はどのように生きていたのか。
そしてその時代は、彼にどんな試練を与えたのか。
その時代の影を、私達は、今、彼の紡いだ物語に見ているのかもしれない。
あるいは、その不幸な時代をも凌駕するほどの強い意志と希望を、その物語の中に見ているのかもしれない。
はたして、『時代の影』か、『未来への意志』か。
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『第一次世界大戦』『ソンムの戦い』『塹壕戦』『双方戦死者100万人以上』『大戦中最大の会戦』
試練の舞台は、彼らの人生においても、そしてヨーロッパ歴史においても最大級の惨劇であった。
映画では、そのソンムでの戦いの様子が描かれている。
降りしきる雨の中、戦場に堀のように張り巡らされた塹壕は、すっかり水浸しの水路のようになっていた。
その水と泥の中を、砲火に脅かされながら進むトールキンの姿があった。
この泥にまみれた塹壕戦。
別の映画でも観た事がある。
『ロング・エンゲージメント』(2004年 主演オドレイ・トトゥ)
トトゥ扮する女性の恋人が戦っていた戦場がソンムだった。
第一次世界大戦を描こうとすると、この戦いは避けられないのかもしれない。
あるいは、それは目を背ける事すら出来ない歴史的事実だという事なのだろうか。
『ロング・…』でも、雨の中、水路のような塹壕を、まるでゾンビのように立ちすくむ兵士たちの姿が描かれていた。そこは、まさしく地獄のようだった。
本作の主人公トールキン達が送り込まれた戦場とは、まさしくこの世の地獄だったという事だろう。
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トールキンの人生は、その幼少期から決して恵まれた環境ではなかった。
しかし、そこには仲間がいた。
そして、彼らは誓った。
「芸術の力で世界を変えるんだ」
ある者は絵で、ある者は音楽で、ある者は詩で、そして、トールキンは物語で表現した。
互いの表現が、互いの興味が、互いに刺激し合い、高め合っていったのだが。
どんな時代に生きるかは、選べるものではない。
しかし、トールキンの生きたヨーロッパは、あまりにも過酷な時代であった。
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そして、そのトールキンは、今、その著作、それらを原作とした映画で、私達を魅了している。
その過酷な時代を経て、その経験を踏まえて、編み出された物語。
それらに、今、私達はどう向き合えば良いのだろう?
ただ、その物語に心を馳せるだけなのだろうか?
その地獄をすら凌駕する、若者達の未来への誓いこそが、彼や彼らの伝えんとされたところではなかったか?
著名な作家、表現者としてのトールキンをこうして知ってしまった後、それらの作品をどのように受け止めることになるのだろうか?
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主人公役は、『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』で、主役J・D・サリンジャーを演じていた、ニコラス・ホルト。
その映画でも戦場へ赴いていた。
その現場は、本作と同じフランスではあったが、第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦だった。
場所も時代も異なるが、同じフランスの地へ、海を渡った文学者を演じていた。
そして、この二人の文学者は、間違いなく今日の世界に影響を与えている。
このように、文学者がその人生の転機となる出来事として、戦争に巻き込まれるという事を、この役者は繰り返し演じてきたという事になる。
果たして、その事についてどのように感じているのだろう?
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他の役者さんたちも、経歴を見ていると、幾つかの映画のシーンが浮かんできた。
最近のイギリス映画の面々だと分かる。
つまりは、イギリスが生んだスター作家について、オールスターキャストで望んだという事か。
それだけ大切な作家であると言う事でもあろう。
映画の中の表現には、トールキンの遺した物語に繋がるものがいくつも出てくる。
それは、楽屋裏でのシーンの指輪であったり、戦場での火を吹く龍であったり。
トールキンの作品に触れてこなかった私には、それらの一つ一つを拾う事は出来ないが、それらの物語への愛情を感じる映画でもあった。
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