ナミモト

ラストナイト・イン・ソーホーのナミモトのレビュー・感想・評価

3.9
良い作品。どのジャンルにおさまるか、よくわからない、けど、だからこそ、面白かったです。

リズム感の良さは、抜群…!前作『ベイビー・ドライバー』がリズム推しで終わってしまったかなぁという印象でしたが、本作はストーリーも良かったです。

『サイコ』のような、『ミッドナイト・イン・パリ』のような…。

あと、フランシス・ベーコンの絵画のような男の亡霊たち。

バレエ・ダンサーの置物がある点が、あれ?もしかして?となる演出、良かったですね。

ロンドンといえば、切り裂きジャックをはじめ、怪奇な行方不明事件・殺人事件の街であって、路地裏には殺人鬼や亡霊たちが潜んでいる。2021年のロンドンに、エロイーズが追体験をする60年代ロンドンをはじめ、どこか19世紀ロンドンの奇怪さもオーバーラップする点良かったです。
古い街だからこそ、建物のあちらこちらに、そこかしこに過去たちが染みついていて離れない…。過去が積み重なった街だからこそ描ける演出ですね。
そして、19世紀末のパリをモチーフにした下世話でふしだらなバーのあの雰囲気も。カンカンとかね〜…。懐古趣味が性労働に安直に転用されて、そこで消費される女の子たちの不幸さ、「だからこそ、私のしたことは間違っていないのよ」というサンディの狂気を、頭ごなしに否定などできませんね。

残念ながら、夜の都会で起きる殺人事件の被害者の大多数は、性労働に従事する女性たちであったわけで、被害者たちが、名もなく、ただ行方不明として処理されていたかもしれないことを思うと、サンディのやったことを否定できないのです。
エロイーズが警察署に訴えかけた後、男性トイレでエロイーズを揶揄する男性警察官。男性トイレっつーのが、もう、ホモソーシャルじゃん、という。その対応の真逆で、調査をして動いてくれた女性警察官との差、えげつないですね。警察官としても、腐ってんな、と思いますね(男性警察官の方ね)。

一方で、最初に同じ部屋になった、いじわるっぽい女の子や、ボーイフレンドになりかける彼などのクラスメイト達と主人公との関わりがけっこう薄かったので、ストーリーの展開的に、あのファッション大学での学生たちとの絡みは、それほど無くてもよかったのではないかなぁ、とも感じました。
ベイビー・ドライバーでも、主人公への没入感は強い傾向を感じました(ヘッドホンという記号は、自己閉塞性のメタファーですよね)。主人公の周囲の人びとの心理描写や性格の薄っぺらさが、なんとなく気になりました。都合良く配置されすぎている、という感じ…。

ただ、主人公への没入感の完成度の高さは際立っていて、結果的に、全体のまとまりは良く、ホラーっぽいのに、なんか昔のカラオケ映像みたいなこの映像(ラストの階段のシーンなどね)…ちょっと笑っちゃうようなかんじもあって、面白いんだけども、この主人公の女の子が見ている幻影でしかないのに、この演出すごくない?と引き込まれて、感心してしまいました笑。

鏡の向こうであったはずの世界、それは死者の世界、過去の亡霊たち(あの部屋で過去にあったことの地縛霊?)の世界であるのですが、エロイーズが気が付いた時には、実はあの屋根裏部屋全体の空間が、鏡に取り囲まれた、死者たちの空間であったことがじわじわと分かってくる。そこに本来はないはずの鏡(天井の鏡)が出てくるあたりから、鏡側から現実側への侵食度合いが強度を増してくる。このラストの展開に向けて、鏡(死者)要素がじわじわと広まっていく演出、見事でした。壁や床を突き破って、境界を突き破って侵食してくる死者たち。ラストはもう鏡(死者たちの)空間に完全に取り込まれてしまうような強烈さがありました。ガラス・鏡・水面など、何かを反射する(つまり過去を反射し映し出す)モチーフに着目して、もう一度観てみたい作品です。電話ボックスとかねー。

チグハグなところも含めて、いや、チグハグだからこそ、抜群のリズム感と映像センスを含めて、好きといえる作品です。
ナミモト

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