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ラストナイト・イン・ソーホーのsomaddesignのレビュー・感想・評価

5.0
エドガー・ライト新境地!
新時代のジャッロ映画の傑作!!

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不思議な力を持つエロイーズはファッションデザイナーを夢見て、コーンウォールの田舎から大都会ロンドンの服飾学校に入学。入学早々都会っ子との寮生活に馴染めなかった彼女は、下宿宿で一人暮らしを始める。ある日夢の中で憧れの60年代で歌手を目指す美しい女性サンディとして歌い踊る夢を見る。地味で引っ込み思案なエロイーズは、煌びやかなサンディの生活に魅了され、夜毎夢の中でサンディとして60年代のソーホーに繰り出していくのだが……。

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やー、面白かった。
ホラーだけどグロやスプラッタに頼らないし、タイムリープ要素もあるので頭の中がしっちゃかめっちゃかにされて怖がる隙間がない。
よく考えれば幽霊的な怖さより、追い詰められた人間の怖さだったり、そもそも人間を簡単に貶める仕組みや価値観の怖さを描いてる。

エドガー・ライトの監督作は親を質入れしても見る。
相変わらずのサンプリングセンスっちゅーのか、監督自身が影響受けた作品を公言しちゃうし、劇中の小ネタを拾っていくと一度見ただけじゃ絶対無理なので、大枠だけ拾って頑張って読み解き。

ニコラス・ローグ監督の「赤い影」(73年公開。ダフニ・デュ・モーリエ原作の短編「今は見てはだめ」の映画化)とロマン・ポランスキー監督の「反撥」(65年公開)はどちらも未見。調べる限り、印象的な赤や鏡の使われ方、見えないものが見える力は「赤い影」の、物語の設定や世界観は「反撥」が元かしら。

「古き良き」って懐古趣味に疑問を投げかけ、「昔は昔でよくなかった」て断じる部分は「ミッドナイト・イン・パリ」にもよく似てるし、現実の境界線が曖昧になっていく様は今敏作品を見てるようだった。
映画や音楽に詳しい人なら、もっとオマージュ元に気付いて違う見方ができるんだろうけど不勉強な自分にはすぐ限界。
それにしてもエドガー・ライトの知識の豊富っぷり、リズミカルな編集センスが「ベイビー・ドライバー」以降研ぎ澄まされてる。「ホットファズ」とかボンクラ男子映画撮ってた人とは思えないアップデートっぷりがすごい。そういえば女性を主人公にしたのも初では。


近所のフランス料理店のネオンサインのせいで、部屋が順にトリコロールに染まる。特に赤く染まった時の意味合いが冒頭と中盤以降で真逆になるのが印象的。「情熱と嘘は同じ色」じゃないけど、期待や高揚感から不穏や恐怖を想起させるカラーに変化してく。
撮影監督のチョン・ジョンフンはパク・チャヌク監督の目となり「オールド・ボーイ」「親切なクムジャさん」「イノセント・ガーデン」「お嬢さん」といった代表作を撮影。ハリウッドにも活躍の舞台を移し「IT/それが見えたら終わり」「ゾンビランド ダブルタップ」「エジソンズ・ゲーム」といったヒット作も手がけている。そういえば、お耽美なカラー感覚は「お嬢さん」ぽいし、硬質でピシッと手前から奥まで被写界深度深くピント合ってる感じがパク・チャヌク映画っぽいかも。


エロイーズを演じたのは近年の活躍目覚ましいトーマシン・マッケンジー。冒頭廊下を新聞紙のドレスで踊る姿からして、はい可愛い。ピーター・ゴードンの「愛なき世界」で踊り「ティファニーで朝食を」のポスターが見切れて、この先起きることを示唆してる。映画の最初と最後で鏡を見つめるエロイーズの姿が円環してるけど、映ってるものが全く別で反骨と成長の証とも悪夢の続きとも取れそうで……

アニャ・テイラー=ジョイが「クイーンズ・ギャンビット」に続いて、60〜70年代の美女が似合いすぎ。才能ある若者が、徐々に壊れてしまう様も「クイーンズ・ギャンビット」と似た役所。今作も薄幸の美女がハマる。ていうか、劇中で幸せになれた作品あったっけ? 長年の鬱積を晴らすような終盤の怪演が痛快。


大家のコリンズさんを演じたダイアナ・リグ。彼女のキャスティングがとても示唆的。かつては「女王陛下の007」でボンドガールを演じたことで有名(劇中上映されてたのは「サンダーボール」で65年公開。ボンドガールはクロディーヌ・オジェ)。本作の公開を待たず2020年9月10日、自宅で亡くなった。映画の冒頭で「For Diana」と追悼の意を捧げられている。

007要素は他にも、パブで注文されるカクテルは007シリーズの原作者イアン・フレミングが「カジノ・ロワイヤル」で考案したとされるヴェスパー。そのパブの女主人を演じているのは、「ゴールドフィンガー」のボンドガールだったマーガレット・ノーラン。さらには劇伴「Beat Girl」の作曲・演奏しているのは007のメインテーマを作曲したジョン・バリー。

下敷きにあるのは男性優位主義への強烈なNO!。かつての007シリーズで描かれたような、物語彩る添え物でしかなく道具のように扱われた女性達。華やかな世界の裏側で踏み潰されてしまったサンディに、かつてのボンドガールたちの怨念が憑依させてるよう。

エドガー・ライトの60年代への情景が爆発してる映画だけど、過去を過剰に美化し賛美することに警鐘を鳴らしてる。60年前と現在のロンドンを行き来しながらも、男性からの望まない注目を集める女性たちを主人公にすることで、状況がほとんど変わっていないことを示してる。
「この映画は、バラ色のレンズで過去を振り返ることへの叱責です。完璧な10年はありません。どんな形であれ古き良き時代があるというのは誤りであり、私たちが見てきたように危険です。私にとって、過去を夢見て、過度に懐かしくなることは、現在からの後退であり、おそらくそれに対処することの失敗です」とは監督のインタビュー。
エドガー・ライトが大好きなダリオ・アルジェントの影響も色濃く。


余談)
出来事の悲惨さに大して、異様に明るくて不穏な結末。
自分にはエロイーズが今際の際に見てる「こうであって欲しい未来」に思えた。実際には黒幕の策略で死ぬ間際、または火事で全員助かってないとか……。自分の心根が汚いのか、悪い想像ばかりしてしまう。


78本目
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