サマセット7

ナイル殺人事件のサマセット7のレビュー・感想・評価

ナイル殺人事件(2022年製作の映画)
3.7
監督・主演は前作「オリエント急行殺人事件」に続き「ベルファスト」(監督)、「TENET」(出演)のケネス・ブラナー。
出演者は他に「ワイルドスピード」シリーズや「ワンダーウーマン」のガル・ガドット、netflixドラマで注目を集めたエマ・マッキーら。
原作はアガサ・クリスティの小説「ナイルにて死す」。

[あらすじ]
1930年代、美女にして英国有数の大富豪リネット(ガル・ガドット)とその新郎サイモン(アーミー・ハマー)は、友人らを連れ立ってエジプト・ナイル川に旅行に出る。
しかし、2人はサイモンの元婚約者でリネットの友人であったジャッキー(エマ・マッキー)のストーカー行為に頭を悩ませていた。
ジャッキーは何も言わず、ただ2人の行く先々を訪れるのである。
怯えたリネットは、エジプト旅行中の名探偵エルキュール・ポワロ(ケネス・ブラナー)に自らの護衛を依頼しようとするが…。

[情報]
2017年公開「オリエント急行殺人事件」に続き、アガサ・クリスティ原作、名探偵ポワロを主人公とする作品。
全作同様、監督・主演を、監督としても俳優としても輝かしいキャリアを積んでいるケネス・ブラナーが務める。

原作小説「ナイルにて死す」は、一般的な知名度こそ、「そして誰もいなくなった」「オリエント急行殺人事件」「アクロイド殺し」「ABC殺人事件」に劣るものの、クリスティ・ファンからは代表作にして旅行ミステリの傑作と評される作品。
クリスティ自身も、旅行ものの中では最も完成度の高い作品と考えていたようだ。

原作小説は、冒頭からかなりの分量を用いて、主要登場人物たち、特にリネット、ジャッキー、サイモンの三角関係を巡る人間関係を丹念に描いている。
この最初の殺人が発生するまでの、まるで昼ドラのような人間模様の描写(当然ながらあらゆる伏線が組み込まれている)が、原作小説の特徴にして、最大の魅力、と言われている。

また、原作小説は、ほぼ一つのトリックや謎に依拠していたそれ以前のクリスティ作品と異なり、多数の登場人物にそれぞれ謎と秘密、策謀などを忍ばせ、それらが重層的にメインの謎と有機的に絡まりあっているような精緻で複雑な構造となっていた。
その群像劇的、フルコース的なゴージャスさは、作品の大きな魅力となっていた。

原作小説は、1978年にすでに一度映画化されており、今作で2度目の映画化となる。
ドラマでは、デビッド・スーシェがポワロを演じるBBCのバージョンが有名。

かなりボリュームのある原作小説だが、映画の尺に全て盛り込むのは到底不可能であり、どこを削り、どこを強調するのか、が注目ポイントとなる。

今作は劇場公開後2ヶ月経たないうちにディズニープラスで配信された。
製作費9000万ドルと言われるが、興収は不明。
批評家の賛否は分かれているが、一般層はそこそこ楽しんだ人が多そうだ。

[見どころ]
ケネス・ブラナー版ポワロの口髭の秘密!!
ポワロのキャラクターの掘り下げは、原作にない今作ならではの見どころ。
前作オリエント急行殺人事件から、親友ブーク(トム・ベイトマン)が再登場し、ワトソン役を担う。その他、原作をいかに改変したかが、原作ファンとしては見どころとなる。
最新の映像技術で描かれる、ナイル川の情景の美麗さと豪華客船のゴージャスさ。
原作未読者にはもちろん、トリックやポワロの推理も見どころだが、今回の映画の主眼はおそらく、そこにはない。
むしろ、「愛」というテーマ性の表現と、人間ドラマが今作の見どころか。

[感想]
何しろ元の小説がとても面白いので、今作は、普通に楽しめるミステリー映画である。
やはり、前半繰り広げられるメロドラマの結末を知りたい気持ちが、グイグイ観客を引っ張る。
推理パートも、かなり駆け足だが、なかなか迫力がある。

一方、私はクリスティの小説の愛読者であり、今作の原作小説も既読である。
なんなら、クリスティの小説のベスト5に入ると思ってるくらい、原作小説が好きだ。
自然、評価は辛口になる。
何しろ、かなりボリュームのある原作の全てを2時間そこそこで収めるなど、無理な話だ。

案の定、上に述べた原作小説の特徴(前半の人間関係描写と登場人物たちの謎や秘密の積み重なり)は、尺の都合か、かなり削られてしまい、薄められてしまった感がある。
登場人物自体がかなり少ない上、エピソードも整理、修正、削除されている。
その結果、楽しめたが、どこか物足りない、という感じが拭えない。

ポワロとブーク絡みの今作ならではの原作改変部分は、私はとても楽しんだ。
チャレンジとして面白いと思う。
好みのエピソードとは言い難いが。

オリエント急行殺人事件でもあった、旅行風景を美しく映像化する楽しさは、今作でも健在だ。
ナイル川を旅行している気になれる。

[テーマ考]
今作のテーマは、ずばり、愛、だ。
登場人物の誰もが愛ゆえに秘密を抱き、行動して、道を踏み外す。
探偵のポワロ自身の「愛」と秘密も描かれるあたり、象徴的だろう。
このテーマは、脚本上、原作より明らかに強調されており、よくも悪くも今作の特徴となっている。

[まとめ]
推理小説の映画化の難しさを改めて感じさせる、クリスティの代表作の映画化作品。
それにしても、つい先日劇場公開されたばかりの作品を配信で観られるとは。
恐ろしい時代になったものだ。