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ナイル殺人事件のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

ナイル殺人事件(2022年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

莫大な遺産を相続した美貌のアメリカ人女性リネット。新婚旅行で訪れたエジプトで彼女が殺害されたことを発端に、ナイル川に浮かんだクルーズ船上で連続殺人事件が起こる。犯人は誰か?犯行動機は愛憎なのか、財産なのか…?

ミステリーの女王アガサ・クリスティによる名作「ナイルに死す」を、同じくクリスティ原作の「オリエント急行殺人事件」を手がけたケネス・ブラナーが監督・製作・主演で映画化した第2弾。
1978年に映画化された「ナイル殺人事件」はオール・エジプトロケと豪華キャストで魅せた傑作ミステリーだが、本作は事件や容疑者よりもポアロが主人公として目立つ作りとなっている。
ミステリーとしては佳作だが、人間ポアロのドラマは秀作である。

本作は1978年版にはないポアロのエピソードから始まる。
1914年の第一次世界大戦下、前線のポアロのいる部隊は無茶な作戦を命令されるが、ポアロの機転で最低限の死傷者で済んだ。
しかし、敵兵の仕掛けた罠でポアロも重傷を負う。
病院に駆けつけたポアロの恋人カロリーヌは、顔面に大きな傷を負ったポアロに傷口を隠すためヒゲを蓄えるように勧め、彼と変わらぬ愛を誓う。
数分のエピソードだが、これが本作のドラマ全体を支える重要な伏線となる。

1937年、世界的な探偵となったポアロは著名な歌手サロメが歌手を務めるロンドンのナイトクラブで、ジャクリーンとその恋人サイモンのエロティックなダンスと美しき大富豪の娘リネットを目にする。
しかし数週間後、休暇中のエジプトで友人ブークに再会したポアロが誘われた結婚式で目にしたのは、サイモンとリネットが新郎新婦となった姿。

富裕層の人々がリネットの結婚を祝うために集まる中、招待されていないはずのジャクリーンが姿を現す。
彼女を振り切るためにナイル川をめぐる豪華客船に乗り込んだがジャクリーンも乗船。
その夜、リネットが何者かに殺害される事件が発生。
ポアロは「灰色の脳細胞」を働かせて事件の真相に迫っていく。

リネットを殺したのは恋人サイモンを盗られ、嫉妬に燃えるリネットの親友でもあるジャクリーンか?
だが彼女には嫉妬のあまりサイモンを銃で撃ち、看護師の監視の元、ショックで寝込んでいたというアリバイが。

ポアロの尋問が始まる。
玉の輿に乗ったサイモンの遺産目当ての犯行か?
結婚に嫉妬するリネットの元婚約者の医師、リネットに一方的に婚約を破棄させられた使用人、横領していたリネットの管財人、リネットの父親が破産に追い込まれたリネットの名付け親とその恋人である看護師、幼少期のリネットに差別的言葉を投げかけられたサロメ…。
容疑者は乗船したリネットの関係者ほぼ全員に広がる。
サロメの姪と恋人関係で今は無職で金が欲しいポアロの親友ブークですら怪しい。
動機はそれぞれにあるが、犯行の決め手に欠ける中、犯人を見た使用人とブークが殺されていく。

ミステリーとしての見所は、やはりポアロによるアリバイ崩し。
誰もがアリバイを持っているという不自然な状況を、鋭い観察眼により崩していくのだが、本作のポアロは誰に対しても冷徹で容赦が無いのが新味である。
劇中、何度か「愛が人を殺す」と悲しげに呟くポアロ。
ポアロの恋人カロリーヌが自身の見舞いの後に砲撃で死んだことが語られ、愛を引き裂く犯罪にポアロは並ならぬ怒りを見せる。
本来なら事件の外にいて無関係なはずの探偵ポアロが、物語の中心にいる悲劇の主人公に見えるのだ。

愛する夫と友人たちを招待した新婚旅行という幸せな瞬間でも、莫大な資産ゆえ、彼女の周囲に渦巻く様々な思惑が交差し、誰も信じられないとポアロに語っていたリネット。
本来なら鼻持ちならない金持ちの自業自得な愛憎劇で、庶民の共感を呼びにくい物語なのだが、リネットから愛、お金、人生の全てを奪い取る犯人に、「愛を奪われた者の怒り」をポアロがぶつける。
「どうせ、頭の良い探偵がスマートに事件を解決するんでしょ」と踏んでいる者からすると、意外にも共感を呼ぶドラマチックさである。

殺人事件と謎解きという従来のストーリーは所詮は他人事のように感じられたが、ポアロ自身のドラマが秀逸。
過去のトラウマがあるために、怒りに任せて事件の解決を焦るあまり、人に冷淡に接してしまう人間臭いポアロ。
今後のシリーズの事件でどのようなポアロのドラマが見れるのか、大変興味深い。

ポアロの過去と同様、原作には無いブークやサロメが事件解決を困難にしていく予想外のシナリオなど、人間模様の複雑さも良く出来ている。

犯人は言うまい。
それよりもクラシカルなクリスティ作品に新味を与えたブラナー監督の挑戦を評価したい。

難点は富豪ならではの財力で、エジプト有数の観光地を転々としながら展開するはずの物語が、ほとんどCGとセットの不自然でビビッドな色合いで繰り広げられること。
そして時代考証に合っているのか?ブルージーな音楽と、ポリコレ対策なのか?様々な人種が乗り合わせること。
ぜひ、今後のシリーズは本物のロケで旅情の雰囲気を出して欲しいものである。
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