ストレンジラヴ

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢のストレンジラヴのレビュー・感想・評価

3.9
「大好きな場所よ。私のために建ててくれた世界一の宮殿だもの」

フランスの片田舎オートリーヴにその異様な建物は存在する。"シュヴァルの理想宮"...一介の郵便配達員ジョセフ・フェルディナン・シュヴァルが33年もの歳月ををかけ独力で築き上げた宮殿である。人付き合いが苦手で無口なシュヴァルは、世界各地の絵葉書を眺めながら郵便配達の道中想像を巡らせていた。ある日奇妙な形の石に躓いたことをきっかけに石を集めるようになり、宮殿を建設し始める。
僕がこの宮殿のことを知ったのは10年ほど前、テレビ東京「美の巨人たち」で特集された時だった。別に建築の専門家でもない一介の郵便配達員が、日々配達している絵葉書に着想を得て建設したという事実にただただ驚いた。33年もの間ひとりでつくり続けたということにも驚きを通り越して呆れた。壮大な物語だが、僕は「どんなことでもコツコツと続けていればいつか必ず実を結ぶ」などと綺麗事を言うつもりはない。冷静に振り返ってみると、やはりこの郵便配達員は異常なのである。まず、そもそもが「体力オバケ」だ。勤続30年時点での総配達距離は22万2720km、1日あたり32km、県内だけの配達であるにも関わらず地球5周分を歩いている。しかも郵便配達員として1日10時間勤務した後、帰宅して宮殿建設に10時間を充てる生活を定年退職するまで続けた。退職金のほとんどはセメント代に注ぎ込まれ、このような無茶苦茶な生活をしていたにも関わらず自分よりも家族の方が先に亡くなっている。真似するべきではないし、そもそも真似できる代物ではない。だがその狂気がこれだけの宮殿をこの世に遺したのだから世の中分からないものである。この郵便配達員の狂気にはかのパブロ・ピカソでさえひれ伏したらしい。
で、完成した頃には家族にも先立たれていたシュヴァルは、宮殿を「自分たち家族の墓標」として捉え、死後はこの宮殿で永い眠りにつくつもりでいた。しかし完成の段階になってある問題が浮上する。それに対してシュヴァルがとった行動がまたとんでもないのだが、それは観てのお楽しみ。