いつか観ようと気づけば30年
ジャック・クレイトン
「華麗なるギャッツビー」
私は1967年生まれですから多感な時期を過ごしたのは80年代だったため、70年代の映画は追いかける形で観ておりました。
アメリカ映画にはピーター・ボグダノビッチの「ラスト・ショー」やシドニー・ポラックの「ひとりぼっちの青春」、ピーター・フォンダの「さすらいのカウボーイ」ボール・マザースキーの「結婚しない女」からサム・ペキンパーの「わらの犬」まで一貫して感じていたのは暗い影を落とした孤独な人達の印象です。
学年齢が上がれば同時代の作品にもいよいよ敏感になるにつれ取りこぼした作品も多数あります。
ジャック・クレイトンの「華麗なるギャッツビー」もさしずめそんな一本。
フィッツジェラルドの原作は途中まで読んだのですが、正直この物語のどこに惹かれるのかさっぱり分からなかったからでもあります。
ディカプリオ主演でもリメイクされているくらいだから何かしら良い所があるに違いない、と74年度版を観ました。
監督はあのカルト「回転」のジャック・クレイトン、脚本がコッポラ、主演2人を差し置いても脇を固めるのがブルース・ダーンやカレン・ブラック、サム・ウォータストーンにスコット・ウィルソンといった個性派揃い。
映画の良し悪しは脇に置き、このペシミズムの余韻にはフィッツジェラルドの名言(信仰の告白)という形容がいちばん相応しい気がします。