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82年生まれ、キム・ジヨンのangie2023のレビュー・感想・評価

82年生まれ、キム・ジヨン(2019年製作の映画)
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言葉を発していくこと それは世界を変える一歩なのか

何も大きな悲劇はない。だからこそ、それは何にも変え難い悲劇になる。
誰も死なない。幸せな生活に見える。十分に過ごせる。貧困に陥っているわけではないと思う。
だけど辛い。どうして辛い。
劇的な悲劇とエンターテイメントにより、韓国社会の格差を訴えた『パラサイト』が、ジェットコースターのような映画だとしたら、この作品は、ゆっくり回転するメリーゴーランドだ。一見静かで穏やかで平和に思える。だが、いつまでも回り続ける。ゴールが見えない。日常がいつまでも、いつまでも回転する、続いていく。

キム・ジヨンは、他の登場人物と比較すると、非常に控えめな人物として描かれている。それが最後、彼女が言葉を発し、そして自らの想いを綴っていくことが、彼女の救済となったという、物語の鍵へと繋がっていく。だが、それで本当にいいのか。この映画は、ハッピーエンドを迎えたわけではない。かろうじての救いとして、キム・ジヨンの新たなスタートと、言葉を再び取り戻したことが描かれているが、彼女を取り巻く構造的な環境は変化することはない。彼女を苦しめた様々な「評価」や「風習」は、変わることはないし、波風を立たせることすらしていない。彼女は直接、義理の母に立ち向かったり、再就職をしたりすることはない。この映画はファンタジックな結末を選んではいない。そう簡単に、世界は変わらない、変わるはずはない。そんなに強くない。だが、キムジヨンが言葉を取り戻したことは、それだけ見れば、大きな一歩であり、そしてハッピーエンド的な快感を含むものであろう。大事なのは、そういった言葉を発していくことを、観客にも促すような、そんな連帯感のあるエンディングでもあることでもある。それは、同時にこの映画がある種の「バッドエンド」であることの自覚へと繋がっていく。すなわち、この映画世界は完全に現実社会の縮図であり、現実はバッドエンドである。だが、少しずつ、かろうじてでも言葉を取り戻し、口からだし、記述していくことで、なんとか生活を進めることができるのではないか。そういう提案が、この映画には含まれている。メリーゴーランドの回転を断ち切って、白馬の馬から降り、自らの言葉を力強く取り戻していく。

大きな悲劇はないことは、誰も責める対象がいないという、映画的に言えばもどかしさをも抱えているのが複雑である。最も複雑なのは彼女の夫である。夫は良心的で彼女思いの人物として描かれているため、彼を非難するのは難しい。問題は、より構造的なものなのだ。誰が悪いという個人への問題へと帰着させるのではなく、親子に受け継がれるような「悪しき風習」または、現社会が抱える「評価」、そして女性蔑視という社会的な問題である。それは彼女の夫に無意識のうちに定着しており、彼の優しさは空回りしてしまうのだ。その意味で、この作品はキムジヨンというジェンダー的に女性である人物を中心に置きつつも、その隣にいる夫にもフォーカスし、かなり寄り添った視線を提供しているという点で興味深い。(よりラディカルな思想を持つものにとって、この部分は不満足に思えるだろう。だが、ファンタジーな映画ではない。現実は幸せなのだ。幸せだというこの生活がずっと回転し続ける、悲劇なのだ)
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