なべ

TENET テネットのなべのレビュー・感想・評価

TENET テネット(2020年製作の映画)
3.7
 時間のことなら俺に任せろ。メメントとインターステラーのDNAを感じさせる凝りに凝ったノーラン最新作。初見より2度目、2度目より3度目の方がより深く理解できる情報量たっぷりの足し算映画だ。
 かぁーーーっ、これはおもしろい! マニアックな手触りと意味付けの妙が知性を奮い立たせにくる。脳が活性化するわ。その分ややこしけどね。IMAXでの150分間、振り落とされないよう必死だったよ。

 物語を終始支配しているのが時間。「時間の矢」通り過去から未来へ進む順行と、それとは真逆の逆行があって、それらが同じ空間で起こることで、経験したことのない刺激に感覚が混乱するのだ。普通は原因があって結果にたどり着くものだけど、まず結果があって後にその原因がわかるという現象が現れる。観ていて「ん、何だ?」と思う瞬間が多々あって、戸惑いながらも先に進むと、「あー!そういうことだったのか」と納得する描写のなんと多いこと。
 違和感を感じたら(目配せを見逃がすな!)それが解かるまでモヤモヤを保持し続けるという見方を強いられるのね。逆行時間の長さによって、すぐに解消されるきっかけもあれば、最後にやっと解ける長い謎もある。そうした時間的伏線を回収するため、頭ん中にメモリーバンクが必要なので、映画をぼーっとしか観られない人は先に解説や考察などを読んでおく方がいいかもしれない。この映画に関しては、ネタバレ情報なしで楽しめるのは、映画のリテラシーを身につけた人だけだと断言する。
 ただ、ストーリー自体はさほど難しくない。じゃあネタバレ言いますね。読解力と志の高い猛者はここでお別れです。

 要は未来に絶望を感じた未来人が時間を逆転させちゃえって戦争を過去に対して仕掛けてくるって話。それをやられちゃうと、順行で生きているわれわれは窒息して死んでしまうらしい。ところがその目論見をよしとしない勢力もいて、時間の逆転を実現できるアルゴリズムってマシン(過去の世界に隠されている)を巡る争奪戦が繰り広げられることになる。もうお気づきの方もいると思うが、これってターミネーターと構造が同じなのだ。となるとそれほど難しい話ではないとわかるはず。そう、難しいのはストーリーではなくて、シチュエーションの把握なのだ。でもそれは未来人の目論見がわかっているだけでかなりわかりやすくなる。

 主演はジョン・デヴィッド・ワシントン。ブラック・クランズマンのアフロの彼だ。今回の主人公はインセプションのコブやインターステラーのクーパーのような背景の描き込みがない。観客が同化しやすいようにってことか。それにしても特徴がなさ過ぎる。名前さえないんだから。となると彼に与えられた個性は「黒人」ってことだけ。ノーランのオールドスタイルな作家主義的作風は大好きだが、人種やジェンダーへの保守的な感性には少々違和感を感じる。彼が黒人であることの必要性がなくて、むしろ白人である方が余計なノイズを感じずに物語に集中できたはずだ。
 他にも、キャットの役どころもそう。夫の暴力に耐える妻以上の特徴がなくて、主人公が彼女に肩入れする理由がいまいちよくわからない(デビッキが麗しいからというのは別としてだよ。それを言うならぼくは彼女に恋をしたよ)。
 唯一、その存在が恣意的でなく、きちんと背景を与えられている人物がいる。それが主人公を支える相棒のニールだ。彼の存在こそTENETの屋台骨であり、肝なのだ。
 Twitterに「ニールの正体はキャットの息子マックスではないか」というツイートがあった。マックスの本名がMaximilienであり、それを逆から読むと最初の4文字がNeilになると。ぼくはこの一言でTENETのすべてが腑に落ちた。ニールがなぜあそこまで主人公を助けるのか、今ひとつスッキリしなかったのだ。なるほどニールはターミネーターのカイル・リースなんだな。
 もしマックスがニールだとするなら、自分の母親が父親に撃たれたとき、彼はどんな気持ちで母親の手術をしていたのだろう。それを思うとなんだか泣けてくる。

 映画の最後で主人公がキャットとマックスの守護天使になったとわかる描写がある。そのまま物語は終わるが、名もなき主人公の話はここから始まるのだ。未来において、時間を逆行させる一味を阻む組織を結成する黒幕としての成長譚が。
 だとすると主人公の描き込みの足りなさは意図的なものなのかもね。その描きこみはあなたがやるんですよってことなのかも。
 例えばある日、成長したマックスに「時間を逆行して過去の俺を導いてくれないか」と頼む主人公を思ってみたりするのも一興かと。

追記
 ドルビーシネマで2度目の鑑賞。
 意外にも1度目の理解でほぼ問題なかった。マックス=ニール説を裏付ける描写がないかと注意して観たけど決定打は見つからなかった。でもニールの表情の端々になんともいえない情を感じることはできた。自分の中ではマックス=ニールということにする。
 3度目はもういいかな。一旦わかってしまえば奥行きのないアトラクション映画だとわかったから。
なべ

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