ジンボウサトシ

ひとよのジンボウサトシのレビュー・感想・評価

ひとよ(2019年製作の映画)
4.2
日と夜 被と与 人よ

「家族は自明ではない」。これは作家で研究者の中条省平氏が、是枝裕和監督作「万引き家族」のパンフレットに書かれたコラムタイトルだ。「だれも知らない」から明確化した是枝監督の「家族」というテーマに対しての向き合い方について書かれていたが、これまで疑似家族を撮ってきた白石和彌監督の「ひとよ」もまさにその文脈に通ずる名作だった。


[STORY]
タクシー会社を営む稲村家の母こはる(田中裕子)は、子供への虐待を繰り返していた夫を殺害した。長男・大樹、次男・雄二、長女・園子の3人の子どもたちに15年後の再会を誓い、はるこは家を去り警察へ向かった。突然残された3人の兄妹は、心に抱えた傷を隠しながら人生を歩むことになる。そして15年の月日が流れ、大樹(鈴木亮平)、園子(松岡茉優)もとに母こはるが約束通り戻り、雄二(佐藤健)に連絡が入る。


白石作品の楽しみどころでもある1stカット。「あの夜」の衝撃シーンから超一級の画力で畳みかけてくる。短いカットで稲村家の凄惨さ、流れるように伏線が映っていき入り込んでいく。待ち構える甲斐があるというものだ。ここでしっかりと主観に入るズームをじっくり撮ることで観客側も共犯者にしていき「他人事ではない」「あなたならどうするか」と突きつけられてくる。

メタファーが効いてくるのも白石作品の特徴。3つの柱が連なった煙突、3本の電波塔など、合間に挟まるカットもきっと意図なきものではない。街をうっすら覆う煙も、家の中に立ち込める煙で見えにくい擬似家族を表しているようだ。

この映画では「あるもの」が家族の象徴として描かれている。父親もそれに固執し、すこしでも逸れようものなら力で型にはめようとしていた。おそらく、最初は仲の良かった家族だったが、子供たちの自立に比例して暴力行使がエスカレートしていったのではないか……と想像もできる。

ラストはその象徴を用いた、予想外のスペクタクルを迎える。事故的に起きたことだが、そうすることで母と子供たちは本当のコミュニケーションができ、15年前の一夜を越えることが出来る。

稲村家4人の家族の話と思いきや、実はその周りの人物たちも家族について迷い苦しんでいる。ほとんどの登場人物には昼と夜のように二面性があり、それぞれが支えあったり、足を引っ張ったり、ぶつかったり。稲村家を支えようとする者たちも、これは家族なのではないか。特に不穏すぎる佐々木蔵之介、白石作品常連の音尾琢磨、そして今年「よこがお」(2019)で衝撃的な名演を見せてくれた筒井真理子の役割が重要。「彼女がその名を知らない鳥たち」(2017)「凪待ち」(2019)と名作を量産する白石和彌監督だが、また1つ集大成といえる名作を作ってくれた。



●パンフレット 4.1点
B5判 / 32P / 820円
デザイン:宮本デザイン&ハルカフェ
インタビュー:佐藤健 / 鈴木亮平 / 松岡茉優 / 白石和彌
コラム:松崎健夫(映画評論家)、相田冬二(映画評論家)、金原由佳(映画ジャーナリスト)、桑原裕子(原作者・劇作家)
プロダクションノート:高橋信一(プロデューサー)、長谷川晴彦(プロデューサー)

各出演者、監督のインタビューは短め。こはるの白髪の裏話や、SNS画面などを出すと都会と同じような表現になるため使ってないなど、細かい制作背景が知れる。3者と原作者のコラムはそれぞれ異なった角度の分析で、理解が深まる。

唯一の難点は、この映画屈指の功労者である15年前の三兄弟役の詳細が載っていない点。