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風の電話のQTakaのレビュー・感想・評価

風の電話(2020年製作の映画)
4.1
このロードムービーは、夫々の役者達が紡ぐ「生きる姿」の物語。
モトーラ世理奈のラストシーンは必見。
涙でそのシーンを見られないかもしれないが…
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主人公”春香”、通称”ハル”。
物語の初まり、ハルは広島に引き取られ、両親と別れ、弟と別れ、故郷を遠く離れ暮らしていた。
そのハルの姿には、寂しさと、孤独と、居場所の無さが見える。
口数も少なく、身振りも重く、生気も無く。
養い親の祖母が倒れた事をきっかけに、祖母に誘われていた故郷”大槌”へ向かうことになる。
それは全く無計画な旅。
着の身着のまま、制服姿で、露頭に迷うその姿は、まるで逃避行だった。
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道すがら、様々な大人達に救われる。
住んでいた広島にも、大きな災害にあった。
その被災者(三浦友和)の言葉が響いた。
「たまたまなんだ。たまたま生き残ったんだ」
シングルマザーになろうとする母親とその弟に 拾ってもらった。
そこで、新しく生まれる命に、直に触れた。
夜の駅前で大人(西島秀俊)に救われた。
彼に連れられて、クルド人の家族に出会った。
彼らは、故郷を出て、遠いこの地に住もうとしていた。
でも、ここも安住の地にはなっていなかった。
自分たちの暮らす国が欲しいと言っていた。
安住の地、自分の居場所とはどいういうことなんだろう。
福島へ行った。
そこには、かつてその家族が揃って過ごしていた”家”があった。
その庭で、自分の家族、母親、父親、そして弟の姿に出会った気がした。
でも、幻だった。この体験が、より一層、孤独を感じさせた。
故郷、福島へ戻ってきた老夫婦。
生まれ育った地で、最後まで生きたいんだ。
故郷って、帰ってくる場所なんだ。
そして、大槌へ戻ってきた。
そこには、あの時に離れ離れになった幼い頃の思い出が有った。
失った友達への思いが、吹き出してきた。
家の跡へ。
「ただいま」の声に応える人はいない。
いくら叫んでも、呼び掛けても、応えてくるのは風の音。
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このロードムービーは、このまま終わってもよかったと思った。
最後に、駅まで送られて、そこで別れて終わりでもよかった。
この物語の始まりに、ハルは、全く無口で、表情も無く、足取りも重かった。
その少女の姿が、多くの人々に出会い、様々な生き方に触れていくにつれ、言葉を取り戻し、笑い、泣き、叫び、そして歩いた。
最後に駅に着いた時、その足取りはしっかりしていた。
既に、何かを失った”もぬけの殻”では無かった。
だから、このまま終わってもよかった。
でも、最後に大舞台が用意されていた。
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「風の電話」のシーン。
10分を超える長回しのワンカット。
男の子が電話を終えて、入れ替わりに電話ボックスに入るところから始まる。
その電話での会話(?)は、相当胸に刺さる。
そして、本人もインタビューで言っているように、その話の中に浮き沈みがあって、声も表情も波を打つように変化する。この波に呼応するように、背景の木々が風に揺れる。
やがて、「じゃあね」と受話器を置く。
電話ボックスを出て、ベンチに腰を下ろす。
強い風が吹き付け、ハルの髪を巻き上げ、頬を覆い隠す。
ここまでのワンカット。
ドキドキした〜。
凄かった〜。
この物語の、本当の集大成がここにあった。
この少女が、たどり着いた場所は、彼女に必要な場所だった。
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この映画、セリフがもともと設定されていない即興劇だ。
つまり、モトーラ世理奈さんの思うように話している。
諏訪監督は、主役モトーラ世理奈に託したということだ。
他の配役についてもそうだった。
三浦友和さんは、「メシ食え」を何度も言っているが、台本だったらこうはならなかったとも言っている。
このような台詞をあらかじめ設定しない制作手法は、他の映画でもみられることで、驚くことではなくなったが、この映画の場合、モトーラ世理奈が凄かった。
ストーリーが進むに連れ(それは「旅が進むに連れ」と言ったほうがいいかもしれない)、様々な人に出会い、話し、体験しながら、自分が変わっていく様子をそのままセリフにし、演技にしていくのだから、それはすごいとしか言いようがない。
物語は、全部彼女の中から生み出されていた。
そして、ラストシーンの電話ボックス。
あの長回しは、”圧巻”としか言い様がない。
あの感情の波を、「表現した」というより「乗りこなした」という感じかな。
こみ上げてくるものを押さえ込む感覚と、さらに飲み込まれていく表情。
幾度か押しては返すその波をきっちり捉えたあのロングカットは、それだけで名作と言えるんじゃないだろうか。
物語の最後に、こんなシーンをぶっ込んでくる諏訪監督はすごいと思った。
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クルド人の皆さんに出会うシーンで、あれ?この人…って思った。
三宅唱監督。
フツーに馴染んでいた。
なんでぇ〜。
そういえば、使われていたBGMになんかあの雰囲気を感じていたんですけど…
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