YAJ

あなたの名前を呼べたならのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

【変化】

 現代版「シンデレラ」? インドの「プリティウーマン」?
 簡単に言えば、そんなところかな。でも、抑制が効いた演出で、とても良かった(インド映画なのに、いきなり踊り出すシーンがないのも抑制?!)。

 インドではまだまだ厳しい階級社会の現実や、地方の村々には旧い慣習が根強く残ることを印象付けられます。
 19歳で夫に先立たれ(結婚年齢が早いっ!ってのも先進国との差?!)、一生「未亡人」として過ごすことを余儀なくされる女性の立場(戸籍上も嫁ついだままのようだ)。 地方の娘たちにとって、憧れの都会ムンバイの、なんてまぁ遠いことか(距離的にも、生活水準的にも、そして精神的にも)。

 同じくインド映画の『PADMAN』が少し前の話、『バジュランギおじさん』がお伽噺的だったのに対し、現代のインドにおける問題を、さわやかな恋愛物語に乗せて、さりげなく提示している点が秀逸。
 表面的に社会批判めいた設えや台詞を用いることなく、ごく自然に若い男女の心の機微を描き出すことで何をか言わんをやという演出がお見事。これなら本国でもウケる?! 知らんけど。

 恵まれない境遇ながら夢を諦めない強さを秘めた女性と(主人公ラトナの夢はファッションデザイナーになること)、その生き様に感化され本当の自分を見つめ直す御曹司のラブストーリー。
 ベタな設定の行きつく結末は至極まっとうではあるが、静かなエンディングには、たたただ、ため息しか出なかった。 佳作。



(ネタバレ、含む)



 今年になってのニュース記事で、ボリウッドの映画の中身が変わってきたという記事を読んだ。
https://www.asahi.com/articles/ASM2L6W1WM2LUHBI01X.html…
 要は、インド映画の売りともいえる「踊り」のシーンが激減しているというものだ。この作品も、おそらくその変化の中にある作品のひとつであろう。
 踊れるBGMは2曲。ひとつはエンドロール中だし、劇中歌として流れたのものも唐突なミュージカルシーンではなく、祭りの季節に物語がさしかかり、無理やり感のない流れでの舞踏シーンだった(「あれ?これで終わり?」と妙な肩透かしを味わうくらいに・笑)。

 他にも時代性を帯びているのは、身分制度(カーストではないらしいが)、あるいは女性の地位に触れている点だろうか。女性であるだけでなく、未亡人、終わった人とされるヒロインが、まだまだ未成熟なインド社会の中で、辛抱強く夢を追い続ける姿が、女性監督の目線で丁寧に描かれている。衣装やアクセサリーなどの細かな演出も女性ならではの配慮がなされているらしい。
 住み込みの使用人である主人公ラトナが徐々に輝いて魅力を増していくのは観ていて気持ちが良いもの。ティロタマ・ショールの確かな演技力の賜物でしょう。

 一方、御曹司のほうは、死んだ兄の代わりに親の家業を手伝わされ、婚約者に浮気されと、生活の豊かさとは裏腹な精神状態。こちらは、あまりに抑えた演技ゆえか、感情の機微が掴みにくく、ラトナに魅かれていく心情の変化も実は良く判らなかった。自分の夢(ライター等、もの書き業)も、留学先のNYでどれほどの情熱をもって取り組んでいたのかさえも、やや伝わりにくい。

 ラトナは、旧慣習にどっぷりの女性、しかも外の世界を知らない立場(そういう境遇なので止む無し)なので、現状に耐える術は知っていても、そのタガを強引に外して飛び出す膂力は持ち合わせていない。むしろ「分をわきまえる」ことが美徳とさえ思い込んでいるのであろう。
 その彼女に現状を変える力を与えるとしたら、御曹司アシュビンの熱い思いだったろう。役者ヴィヴェーク・ゴンバールのキャラか、役者としての力量不足か、その情熱が伝わりにくかったのが、少し惜しかったかな。

 とはいえ、この御曹司を、3大カーン的なこれまでのボリウッド俳優が演じていたら、物語も情熱的になりすぎて、エンディングもド派手なものになったのかもしれない。本作のような味付けこそが今風インド映画なのかな、と拝察。

 エンディング間近、御曹司の家を引き払い、妹の居宅に身を寄せるラトナの元に電話がかかって来たとき、一瞬、電話の相手が「外を見てごらん」とでも言って、窓からラトナが通りを見たら、オープンカーに花束を抱えたリチャード・ギアばりのアシュビンが、ロイ・オービソンの歌うあのBGMにのって颯爽と登場かとヒヤヒヤした(笑)
 非常に抑えた演出の甲斐あって、エンディングシーンもとても余韻のあるものだった(邦題がネタバレしていて誠に残念なんだけどね)。

 「ラトナはNYに行ったのかな?」と、鑑賞後の反省会で二人の行く末に思いを馳せることのできた良作です。ボリウッド作品の、確かな変化を感じます。

 その変化が良いか悪いかは別として。。。
YAJ

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