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フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のsomaddesignのレビュー・感想・評価

5.0
残りの人生「グランドブタペスト・ホテル」と「フレンチ・ディスパッチ」を見て過ごしたい。ウェス・アンダーソンが好きすぎる。

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政治からアート、ファッション、グルメに至るまで深く切り込んだ記事で人気を集めるフレンチ・ディスパッチ誌。編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.のもと、ひと癖もふた癖もある才能豊かなライターたちがそろう。ところがある日、編集長が仕事中に急死し、遺言によって廃刊が決定。残されたライターたちはフレンチ・ディスパッチ誌の追悼号にして編集長追悼号を作り上げることに。

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前作「犬ヶ島」がもう4年前なことにまず驚き。
相変わらずオールスター勢揃いの豪華な顔ぶれなのに、全然ごちゃごちゃしない。完璧に隅から隅までウェス・アンダーソンの映画になってるのが凄い。ウェス・アンダーソンの好きなもの全部盛り! いまや真似やフォロワーも沢山いるのに本家の変態的映画センスはやっぱすげえ。こんな映画作れるのって、世界中で彼だけだと思うし、変態紳士ってウェス・アンダーソンのことでわ。


1つのレポートと3つの特集記事で構成された「観る雑誌」。
冒頭から情報量の多さに振り落とされそうだけど、一言一句理解する必要はなくて、意図と雰囲気を掴んだら平気になった。過去イチ散文的でとっ散らかった内容なので、苦手な人は全く受け付けなさそう。
出版業の端くれにいる身としては、滅びつつある雑誌/出版文化への献花みたいな映画で、悲喜交々しんみりしながら観てた。


「自転車レポーター」
ビル・マーレイと並んでウェス・アンダーソン映画の常連組で親友のオーウェン・ウィルソンが、自転車に乗ってフレンチ・ディスパッチのある架空の街アンニュイ・シュール・ブラザを一巡り。オーソン・ウェルズ演じるサゼラックのカメラ下げて自転車でアチコチ取材して回る姿はビル・カニンガムがモデルとみた。

「確固たる名作」
監督が念願叶ってベニチオ・デルトロとの映画作り。デルトロの絶望した眼差しとレア・セドゥのミューズっぷりの対比。生と死、愛と無関心、芸術と金…
あれだけの豪華キャストがマネキンチャレンジするシーンは、バカバカし過ぎて楽しい。
劇中ローゼンターラーが描いた絵は、ティルダ・スウィントンの実際のパートナーでアーティストのサンドロ・コップの作。天才画家が描いたって設定の絵を描くだけでも大変なのに、僅か2ヶ月しか制作期間がなかったそう。

「宣言書の改訂」
常連組に混じってティモシー・シャラメもついに出演。ていうか映画出過ぎでわ。たぶん監督のヌーヴェルヴァーグ好きが影響してて、60年代フランスへの憧れが盛り込まれているような。実存主義や構造主義云々の議論については、俺よくわかんね。

「警察署の食事室」
ウェス・アンダーソン映画で初めて普通に立派なお父さんを見た。過去作では大抵ロクデナシで、息子を理解しようとしない父親ばかりだったのが、今作でやっと愛し合う父子を描けた。これまで何度も子供っぽい大人や、達観した子供を描いてたのに、表層的な行動の先にある絆や愛情にタッチしようとしてる感じ。
キーマン:ネスカフィエを演じたスティーヴン・パーク。あとで調べたら「Do the right thing」の韓国人店主だ!


全体通して見ると自分には映画「たんぽぽ」と同じ感触。
劇中度々「なんの話してたっけ?」て置いてかれる感じがよく似てる。
エンドロールで雑誌と伝説的な編集者やライターに献辞を捧げてる。「グランド・ブタペスト・ホテル」が作家シュテファン・ツヴァイクの著作と生涯に捧げられたのと同様に、今作も元になった雑誌「ザ・ニューヨーカー」から勉強しなくちゃ💦

インスピレーション元になった雑誌「ザ・ニューヨーカー」。不勉強にもほとんど知らないけど、ハイセンスなカルチャー総合誌な印象。1925年に創刊され、創始者にして初代編集長ハロルド・ロスと2代目編集長ウィリアム・ショーンはビル・マーレイ演じるアーサー・ハウイッツァー・Jr編集長のモデルとなった。無骨だけど情に厚い人物として知られ、J.D.サリンジャーやトゥルーマン・カポーティを見出した人物としても有名だとか。
他にも多岐に渡る先人たちへの敬意や愛もしくは憧れが詰まってて、掘れば掘るほど面白い。

エンドロールで謝辞が捧げられてるクリストフ。劇中ジュークボックスから流れる「愛しのアリーヌ」が65年のフランスで大ヒットした国民的歌手。2008年にソフトバンクのCMにも使われてたそうで、ブラッド・ピットがジャック・タチに扮した「ぼくのおじさん」オマージュなCMで確かに流れて……あれ、このCMってウェス・アンダーソンっぽくね? ああっ!やっぱりウェス・アンダーソン作やんけ! 10数年越しに別作品にも再び使っちゃうくらい好きな曲なんだろうし、60年代フランスの気だるく甘い空気に憧憬を覚えちゃうんだろな。(ブラピやウェス・アンダーソンでCMを作っちゃう、当時の金のかけっぷりに改めて驚いた。バブル崩壊後とはいえ、まだまだ元気だったんだなあ)


そういえば、今回ジェフ・ゴールドブラム出てこなかったな……。


余談)
充実のパンフレットは必読。
架空の雑誌「フレンチ・ディパッチ」誌を手にしたようなワクワク感がいいし、映画制作の裏側から、各キャラクターのモチーフになった実在の人物まで解説がつくので読み物として面白い。読み終わって部屋に飾るとちょっとおしゃれ。
20年来の親交がある野村訓市とのエピソード出会いが好きすぎる。ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」の手伝いをした縁で、アメリカの映画関係者から様々な頼まれごとをするようになった野村さん。数ある問い合わせメールの中にウェスとだけ名乗る人物から「今度日本に行くけど会える?」とたった一行のメールが。そうして会うことになり、朝まで飲み明かしてすっかり仲良くなった二人。ある日ウェスが「君は映画が好きらしいけど、僕の映画は見ないの?」と尋ねると「何、君映画作る人なの?」と。そこでやっとウェスがウェス・アンダーソンだと知ったというから、呑気っちゅーか、大らかっちゅーか…。いい話だ。


7本目・9本目
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