むるそー

はちどりのむるそーのレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.9
急速な経済成長は90年代の韓国に光だけでなく影も落とした。ハチドリのような小さい羽で懸命に生きる中学生の少女・ウニの目には何が見えるのか。

韓国が抱える家父長的で学歴社会な一面を、どこにでもあるような一つの家族の視点から捉えた作品。主人公のウニは3人兄弟の末っ子で、家庭にも学校にも居場所がない。兄からは理不尽に殴られ、周りの大人は向き合ってくれず、鬱屈した日々を送る彼女だが、塾の先生になったヨンジの他の大人とは違った雰囲気に彼女は惹かれていく。

家父長的と言っても、女性の息苦しさだけでなく男性に降りかかる重圧にもしっかり目を向けていて、その歪さを浮き彫りにしている。ウニに理不尽な暴力を振るう兄・デフンが、聖水大橋の事件後の食卓で自身の中で何かが崩れ、泣き出してしまうシーンは印象的だ。

学歴社会の歪さは、その競争からあぶれた存在である姉・スヒと、競争に勝った先に光がないことを知った先生・ヨンジの視点から描かれている。スヒは志望の高校に行けず、毎晩遊び歩いて自暴自棄な生活をしている。しかし、遊んで帰ってきた彼女がウニの横で寝言のようにらこぼした"自分には何も無い"という言葉に彼女が抱える苦悩が顕れている。

そして名門と呼ばれる大学に進学するも長い間休学しているヨンジ先生は、どこか翳りのある表情でウニを見つめる。ウニの"先生は自分が嫌になったりしない?"という質問に"何度もある 本当に何度も"と答える彼女の姿は脳裏に焼き付いて離れない。彼女が最後にスケッチブックと共にウニに送った"世の中は理不尽なことが多いけど、それでも美しい"という言葉は作者からわれわれへのメッセージでもあると感じた。

ウニだけでなく母も姉も兄も、そして先生も、誰もが幸せを享受できていない。それは社会全体で価値観の軸が一本しか用意されていなかったからだと思った。そしてその一本すらまやかしの幸せであるのが悲しい。人に優劣をつけないのではなく、優劣をつける軸を無数に用意しそのどこかで自分の居場所を見つけられる社会こそ、今を生きるはちどり達には必要なのではないだろうか。
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