まさか

はちどりのまさかのレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.3
監督はこれが長編デビュー作というキム・ボラ。大好きな韓国映画にまた新しい才能が現れた。繊細で詩情溢れる映像を現代的なテーマに即して撮れる稀有な才能。

主人公のウニは中学2年生の多感な女の子。舞台は1994年の韓国。急激な経済発展を遂げて先進国の仲間入りを果たしたにもかかわらず、家庭や学校や世間には古臭く度し難い男尊女卑の因習が巣食っていた。そんな状況に対するウニの怒り、哀しみ、諦めがリアルに表現されている。

ウニを演じたパク・ジフは文句なく素晴らしい。そして、悩めるウニの心の支えとなる塾の教師ヨンジになりきったキム・セビョクも最高だ。2人の演技力だけでなく、その心情を表現する映像の美しさ、カメラワークも、過去の名作に引けを取らない素晴らしさ。

韓国は朴正熙大統領の軍事独裁政権時代に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げたが、朴大統領暗殺後の80年からは民主的な政治体制に移行し、さらなる飛躍の時代に突入した。と同時に急激な都市化と経済発展は、社会にさまざまな歪みをもたらした。

本作はそんな時代に多感な年齢を迎えた1人の少女の視点を通して、社会の変化が人々に与える不安感を描くことにも成功している。成功することが至上命題であるという強迫観念。前進することだけが善であるという考え方。学校でも、会社でもそうした競争の思考が支配する社会にあって、経済的な成功を手にできない大多数の人々は苛立ちを募らせてゆく。

その只中にあっては、息苦しい空気と距離を取ることは普通は難しい。だが塾の教師ヨンジだけは違った。彼女は人が生きていくために本質的に大切なことは何か、それを考え続ける姿勢をウニに教えた。これが本作の大きなテーマだ。決して古びないテーマ。地に足をつけた生き方とは? 等身大の幸せを手に暮らしていくために大切なことは? 監督は我々に問うている。韓国の観客だけでなく日本の観客にも、世界中の観客にも問いかけている。
まさか

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