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マティアス&マキシムの海のレビュー・感想・評価

マティアス&マキシム(2019年製作の映画)
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目の前にいるその人にとって、わたしの存在が、特別で唯一で、絶対で一番で、まるでかみさまのようであるのを知った瞬間、ここにいてはいけない、とおもった。笑顔でわたしのまえに立つその人の体は、ひざまずいたこどもほどに小さく見え、まっすぐこちらを見つめるその人の目は、無限の希望に満ちているように見えた。それが恋をする人の姿だと知ったのは、何年も経ったあとのことだった。自分にとってだれかを好きになるということが、そういうふうなことではありませんように、とはじめて祈ったのも、同じ頃だった。
この映画を広島の劇場で観る数ヶ月まえ、わたしは当時付き合っていた人とはじめて遊びに出かけた。帰りの電車の中で、外国人のお兄さんが補助席を開けて「どうぞ」とわたしに声をかけた。3駅くらいのあいだ、となりに座り、そのお兄さんが降りて行ったあと、私立の小学校の制服を着た女の子がとなりに座った。その子はすぐに眠り出して、わたしの肩に頭をあずけた。前に立っていた若い男女のふたり組が、わたしたちをニコニコして見ていて、いま、わたしとこの子は、まわりから姉妹みたいに見えているのかな、と思った。その子のチェックのスカートには、白いチョークの汚れみたいなのが付いてた。なにかうしなった気がしてたものを、取りもどしたくて付き合うと決めたのに、その人がわたしに特別だと好きだと言ってくれるたびに、わたしはうしなったものからどんどん遠くへ運ばれていくような気持ちになった。わたしとその人はどれくらい違って、わたしと、となりに座ったあの子は、どれくらい違ったんだろうか。
わたしとあなたの人生は、全然、何もかも、可笑しいくらいに違った。あなたのことを考えるとき、わたしはあなたにあるものを数え、わたしにないものを数えた。わたしとあなたは、たがいにかみさまではなくて、2でもなくて、ただずっと1と1で、それがすべてだった。会話がとぎれるとき、静寂がわたしを包んで、それは夜明けや、日が暮れる一瞬まえの、寝室のように、ほんとうに静かだった。その時間はたぶん、教会みたいに、わたしとあなたを守りつづけてくれるんだと信じていた。
自分にあたえられた、ある瞬間、気持ちや感動や、泣くこと笑うこと、衝動、とりかえしのつかないこと、生きるという営みのなかに隙間なくぎゅっと埋め込まれたかけがえのないはずの機微を、「わたしだけだ」と思っていた多くのものの中の断片を、映画の中に見つけるとき、そこで終わりになるわたしがいて、それでもつづいていくわたしがいる。あなたに何かひとつでも、ないものがあったとしても、あのときあなたの「ない」は、ぜんぶわたしの「ある」だった。ぜんぶいとしかった。あなたがわたしの知らないところで、重ねてきた時間ぜんぶ、いとしかった。
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