古川智教

鵞鳥湖の夜の古川智教のネタバレレビュー・内容・結末

鵞鳥湖の夜(2019年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

鵞鳥湖の夜とは言葉のない夜のことだ。疑いと裏切りに満ち満ちた夜の中で、人を信じるに至るためには相手の言葉を聞いてはならないということを証立てるための夜だ。高架下でチョウがリウに信用できないと言うときのリウの返答が電車の音で一瞬聞こえなり、その後で信じてもらうしかないと言うシーンで重要なのは何を言ったかではなく、言葉に孕まされた嘘を聞かないことの方なのだ。沈黙こそが人を信じるためには必要である。対して、チョウを追う刑事はチョウの妻にチョウには愛人がいて、子を身篭り、産みたいと思っているとハッタリをかけるために嘘をつく。疑いと裏切りには言葉が必要なのだ。そのことは刑事であれ、悪党であれ、変わりがない。言葉を用いずにどうやって人は人を疑い、裏切るというのか。夜の動物園で動物たちが出てくるのも、動物は言葉を持たず、よって疑い、裏切る余地がないからだろう。動物の疑いを知らない目は悪党のみならず、刑事まで追い詰めていくようだ。夜の鵞鳥湖のボートの上で揺られて、リウがチョウにフェラチオをするシーンで、なぜ数ある愛撫の中でフェラチオなのかと言えば、それは口を塞いで沈黙に至るため、言葉を失い、信じることに達するためだからだ。報奨金を受け取ったリウとチョウの妻が言葉を交わさないのも、その二人に刑事が声を掛けないで見逃すこともまた、信じることの萌芽のあらわれである。
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