幽斎

ダブル・サスペクツ/ルーベ、嘆きの光の幽斎のレビュー・感想・評価

3.8
第72回カンヌ映画祭で印象的だったのは中国の単独、或いは合作が各セグメントで目に付いた。「シネフォンダシオン」映画学校の生徒の作品も上映するが、2000作の応募の内、17作を選出。一部はYouTubeでも見れるが、彼らも中国ウイルスで映画祭が翌年無く為るとは想像出来無かったろう。2020年はオフィシャルセレクションとして、日本から河瀬直美監督「朝が来る」が選出。本作も公式出展作品。

Arnaud Desplechin。フランスの俳優なら一度は出たいと思う映画監督。代表作「キングス&クイーン」「あの頃エッフェル塔の下で」来歴から言えば私のテリトリー(ミステリー、スリラー)から縁遠い監督ですが、WOWOW放送時のタイトル「ルーベ、嘆きの光」ふむ、監督らしい。しかし、Lea Seydouxが「スペクター」に続いて「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」に出演が決まり、アルバトロスが急遽DVD化。タイトルも「ダブル・サスペクツ」に変更。あの監督がサスペンスを撮るのか?と訝しく思った貴方、勘が冴えてます。

舞台はフランスのルーベ。自転車のロードレースで有名で、一流選手を何人も輩出してる。他にはLVMH+Christian Dior会長もこの町の出身。信じられないだろうが、節税の為に祖国を捨てベルギー国籍を企てた。そして監督の出身地で有る。日本で言えばフランス国ノール県リール郡ルーベ町、人口は9万人。ベルギーとの国境沿いで、オランダ語とフランス語が混在。フランスで最も貧しい街と煽ってるが、EUの国境沿いの街は何処も貧しく治安も悪い。加えて移民問題が頭を擡げる。

監督の故郷で起きた実際の事件に着想を得て、自ら脚本も手掛けた。アラブ系フランス人の警察署長(良い存在感)の目を通して、故郷の今を描くが冒頭の「映画の中で起きる小さな事件も大きな事件も事実で有る」からして、ハリウッド的娯楽作品で無い事が分る。フランス映画に詳しい方なら、プロデューサーPascal Caucheteux「わたしは、ダニエル・ブレイク」を手掛けたと分るので、サスペンスで無い事もハッキリする。サスペンスなら、カンヌ映画祭審査員賞「パリ警視庁 未成年保護部隊」がお薦め。

スクリプトの前半は推理小説で言う「モジュラー型」、往年の刑事ドラマを彷彿とさせる展開で、署長を軸に様々な事件が勃発し平行する。内容も雑多で署長の姪の失踪事件まで有る。フランスらしい「じっとり感」が味わえるが、後半に為るとダブル・サスペクツが出て来る。英米のロジック的捜査と言うより、フランスを代表する推理作家Georges Simenonの代表作「メグレ警視」の様に、人間を観察する視点が重視され、監督の演出も粘りを見せる。ミステリー的に言えば紐解く鍵は「共依存」ですが、それに留まらない魅力が本作には有る。

Lea Seydouxの活躍、と言うか美形に期待されると困る。彼女はスッピン(多分)で終始出続けるので「スペクター」で見せた典型的なフランス美女の影も形も無い、メイクしないと本田翼に似てるな・・と思わなくも無い(笑)、DVDの発売日が「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」を想定したので、公開延期はセールス的には痛い。同じカンヌ出展作「レ・ミゼラブル」の方が社会派として良く出来てるし「パリ警視庁 未成年保護部隊」の方が時事問題に深く切り込んでるので名監督、と言う枕詞で悪戯に持ち上げてる感も無くはない。

観る前に「アレ?」と思ったのは、監督の作品にしては上映時間が短い事。やはり、と言うべきか前半の事件を説明するシーンは、もう少し時間を割いて欲しかった。フランスらしく物的証拠では無く、心理分析で迫る展開は悪くないが、ハリウッドの「どんでん返し」を期待すると×。監督の作品はコマーシャルベースで面白い、と言う範疇を超えてるので「地味なサスペンス」と言われても仕方ない。

人の絆が消えた町ルーベ「嘆きの光」は署長を指すのだろう。フランス映画がお好きなら。
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