mimitakoyaki

その手に触れるまでのmimitakoyakiのレビュー・感想・評価

その手に触れるまで(2019年製作の映画)
4.1
4ヶ月ぶりくらいに電車で映画館に行きました。
大好きなダルデンヌ作品なので、見ないわけにはいきません。
少しずつ日常が戻ってきて、また大好きな劇場に足を運べるのが嬉しいです。

今作もまたいつもの淡々として静かなダルデンヌ味です。
ベルギーに住む移民のムスリムである13歳の少年アメッドが、尊敬する導師の影響から過激な思想に目覚め、自分の先生を敵と思い込み攻撃をしかけるまでになり…という話です。

どこにでもいるような普通の少年が取り憑かれた過激派思想からどのようにして抜け出し元の自分を取り戻すのか、その少年の微かな再生と成長が描かれていました。

いつもながらに、なぜアメッドが過激な思想に染まっていったのか、そんな背景や経緯についてのはっきりとした説明はないのですが、父親が家を出て行き、その事から母親がムスリムとしては禁止されている酒に手を出すようになったので、13歳でちょうど思春期の入り口に差し掛かったアメッドには、大好きだった父と母が変わってしまった悲しみや寂しさ、嫌悪感、汚らわしさみたいなものを敏感に感じ取ったのかもしれません。

親に対する信頼が揺らいだことで、何か強いものにすがりたかったかもしれないし、怒りを何処かにぶつけたかったのかもしれません。
言葉巧みに純粋な少年を煽動し、利用する大人の存在に怒りがわいてきます。

親身になってくれていた先生や母親の声にも耳を塞ぐようになり、導師からの教えだけが全てで、もはや信仰というよりは洗脳のように見えました。

そんなアメッドが少年院に入ってからも、先生に対する「ジハード」を完遂させることに執着し、準備しているのがスリリングで、頑なな心を解きほぐすのがいかに容易ではないかを見せつけられます。

笑わないし人に対しても心を閉ざしたアメッドですが、先生への殺意を抱きながらも、母親や先生との面会、アメッドの信仰を尊重してくれる少年院の指導官、セラピー的農場体験で出会った少女…
日々の小さな関わりの積み重ねの中で、人の優しさや温もり、農場では命にも触れ、はじめて恋を知り、それらに戸惑ったり反発したりしながらも、何かが変わっていったのかもしれません。

先生を襲撃しようとしたラスト、思いがけない事が起きた時にアメッドが口にした言葉と、最後に自分を助けてくれた人の振る舞いに静かな感動が押し寄せました。
その後アメッドが更生したのかどうかは観客の想像に委ねられた形ですが、アメッドは手や唇で感じた優しさや愛、全身で感じた貫くような痛みを経て、人間らしい心を取り戻しつつあるのではとわたしは微かな希望を感じました。

この作品を通して、ベルギーに多くのムスリムがいる事や、ムスリムがコミュニティを形成し、コーランやアラビア語を継承したり、読み書きなどの勉強を子ども達に教えるなど、支え合って生きてる事も知りました。

しかし、中にはごく一部で過激派思想に染まる若者もいて、実際にベルギーはヨーロッパにおけるテロ事件の拠点になっているという現実もあるようです。

子どもの純真さにつけ込んでテロリストに仕立て上げる者もいますが、ほとんどのムスリムは真面目に慎ましく助け合って生きていて、いろんな考えがあるのも議論して決めたりなど、決してイスラム教への偏見に繋がるようには描写してなかったのも良かったです。

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