ジェイコブ

カセットテープ・ダイアリーズのジェイコブのレビュー・感想・評価

4.3
サッチャー政権下の80年代イギリスの田舎町ルートンで暮らすパキスタン移民一家の長男ジャベド。未だ人種差別が根強く残っていたルートンで、ジャベドは学校だけでなく、保守的な父親の支配する家庭内でも自分らしさを見いだせず、生きづらい毎日を送っていた。そんなある日、同じパキスタン移民の親友からもらったブルーススプリングスティーンのカセットを聴くと、忽ち彼らの音楽に魅了されていく。彼の奏でる歌詞に、生きる勇気と人生の意味を見出したジャベドは、やがて今まで抑圧されてきた自らの思いを爆発させていく……。
1980年代のイギリスで、ロック界の生きる伝説であるブルーススプリングスティーンの音楽と出会った事で人生が変わったパキスタン移民の青年の実話を基に作られた映画。ネオナチの国民戦線やサッチャー政権下の中で二分化されている国民。移民を巡る当時の混乱の最中、パキスタン移民として差別に苦しんでいるはずの父親もまた、ユダヤ人に対する差別感情を露わにするシーンなど、現在もまだ残る人種差別問題の深さが描かれている。そんな荒んだ環境で生きるジャベドの心に、ブルースの曲は自然と沁みていったのだろう。ブルースの曲に励まされた事で、内気だった彼はネオナチのイジメっ子にも立ち向かい、好きな子にも積極的にアプローチができるようになった。
本作の面白い点は、好きな事にのめり込むことは諸刃の剣であることを描いている点だ。確かにブルースのおかげでジャベドの人生は大きく変わり、前向きに考える事ができるようになった。しかし、ジャベドはブルースの良さを周りに伝えんとするがあまり、学校の放送室を無断で占拠して曲を流したり、友達の聞いている最近の曲も貶すようになってしまった。また、ブルースへの愛を優先させたことで、家族関係も悪化させてしまい、彼は父親との関係にもヒビを入れてしまう。
ラストで、ブルースが自身の歌で伝えんとした「真のメッセージ」に気付いたジャベドが、自分の言葉で家族や周りの友人に感謝を伝えるシーンには胸が打たれた。思えば映画にしろアニメにしろアイドルにしろ、ジャベドのように、自分の好きな事に熱中するあまり周りが見えなくなってしまう経験は誰しも一度はあるだろう。自分の趣味趣向を相手に無理に勧めるのは押し付け以外の何物でもないのだが、残念ながら本人は良かれと思ってやっているため、その事に気付かない。ジャベドは人間的に大きくなったと思い込んでいた自身の抱えていたエゴに気付けた事で、ブルースの歌詞の深さや彼が曲に込めたメッセージ性を知る事ができた。そしてその時改めて人間として一回りも成長することができたのだ。
何かに熱中している人、または人生の意味を見出だせずにいる人に勧めたい映画。