ambiorix

Winnyのambiorixのレビュー・感想・評価

Winny(2023年製作の映画)
4.0
「薄暗い部屋の中でスクリーンからの照り返しを浴びながらキーボードをカチャカチャ叩いている」絵面でもって有害なパソコンオタクを表象してしまうとかいう、テレビがネットのことをやたらと敵視していた時代のマスメディア人みたいなカビ臭いセンスだったり(これに関しては物語の舞台がゼロ年代だから仕方ないという言い訳もできる)、煩雑なテクニカルタームを観客に飲み込ませるために用意されたバカの役が女性だったり、関西弁の演技指導があまりにもひどすぎたり、などとツッコミを入れようと思えばいくらでも入れられるのだけれど、そういう瑣末な点にさえ目をつむれば本作『Winny』(2023)はなかなかによくできた作品なのではないだろうか。
本編を見終えて真っ先に感じたのは、いい意味での「邦画らしくなさ」だった。学芸会的な役者の演技、ライティングの概念を完全に無視した安っぽい撮影、目で見れば一発でわかることをいちいちセリフで説明する脚本…といったいわゆる邦画的な要素がこの映画の中にはあまり見られないのだ。とくに画面作りの点が出色で、この松本優作という本作の撮影当時まだ20代だった監督は、決して安っぽくはないショットを無難に撮り、それらを物語のノイズにならないレベルで無難につないでみせる、ということを何気なくやってのけている。もはや褒めてんだか貶してんだかわからない表現だけど(笑)、めちゃくちゃ褒めてます。これができない映画監督のなんと多いことか。
エンドクレジットが流れ、金子勇本人が画面に映し出されたところで俺はけっこうびっくりしてしまった。それはもちろん、(恥ずかしながら)伝聞でしかその存在を知らなかったWinnyの開発者とはじめて対面したことによる驚きでもなければ、劇中で金子勇を演じていた東出昌大が思いのほか本人と似ていたことによる驚きでもない。「一個人を題材にした現代ものの史実映画を日本人の監督が撮ってこなかった事実」にあらためて気付かされた、そういう驚きだったのである。
現代の日本には濱口竜介や三宅唱などの、日本映画離れした画面が撮れてしまう人材はいくらでもいるかもしれない。なんだけど、彼らが撮るのは往々にして、狭いコミュニティの内部で繰り広げられる内省的なお話だったり、あるいは身も蓋もない言い方をしてしまえば「われわれ観客の生きる実社会とは微塵も関係のない映画」だったりする。それらとは対照的に本作『Winny』は、金子勇という確かに実在した人間の生きた当時の社会状況や空気感、彼を取り巻いていた人間たちの悲喜こもごも、著作権法やデジタルの技術についてあまりにも無知すぎた日本の司法制度、などといったものをスクリーンの上に現出せしめようとしている。そしてその試みの大部分は成功しているように見える。海の向こうのアメリカやなんかには掃いて捨てるほどあるこのテの映画、じつは日本にはあんまりなかったのではないだろうか(あったら教えてください)。
俺はこの「技術面における邦画らしくなさ」と「主題論的な邦画らしくなさ」の二点でもって本作を擁護したいと思う。松本監督の次回作が今から楽しみでならない。
ambiorix

ambiorix