静かな鳥

架空OL日記の静かな鳥のレビュー・感想・評価

架空OL日記(2020年製作の映画)
4.7
好きしかなかった。これもうずっと見ていられるくらい好きだな、と思った。『サタンタンゴ』ぐらいの尺あっても全然いいのに。観終えてしまった今は多幸感に包まれつつも、なんかちょっとさみしい。

私の愛してやまない深夜ドラマ『架空OL日記(2017)』がまさかの映画化。わざわざ劇場版にせずとも前と同じ枠で1クール使って続編作ればいいじゃない、作品のフォーマット的にもそっちの方が絶対合ってるでしょ、みたいな思いは本編始まって直ぐに吹っ飛ぶ。ドラマ版と何ら変わらない馴染みの空気感がスクリーンに広がっていてそれが嬉しい。これっぽっちも気負いがないのだ。そして、なによりあの6人(勿論主要5人+三浦透子で6人ですよ。誰一人として欠けてはならない)にまた会えた! みんなあの時のまんまだ!、そのことが本当に嬉しい。"地上最後の楽園"はボラボラ島じゃなくて映画館の中にある。

銀行に勤めるOLたちの日常を淡々と映す。ただそれだけの作品である。二度寝三度寝してから起床し出勤。満員電車にもまれ、会社の最寄り駅で同期のマキちゃん(夏帆)と合流したら寒い寒いとぶつくさ言い合う。いつものこと。女子更衣室やお昼休みの食堂でも上司の辛辣な愚痴やら何やらをうだうだ話し、ことある度に小峰コールが巻き起こる。いつものこと。ドラマ版の延長線上でエピソードが何もかも収まる。大きな事件など起こらない平坦な日々。その全ては恐ろしいほど他愛もなく、どうでもいい。だが、その毎日のルーティンがどうしてこんなにも面白いのだろう。愛おしいのだろう。日々の小さなあれこれがキラキラと煌めいて見える。無論、それはバカリズムによる唯一無二の脚本とキャストの完璧なアンサンブルがあってこそのものだ。特にお気に入りなのは"コンセント"のくだりと"訓練"のくだり。どちらもサエちゃん(佐藤玲)の挙動が最高すぎる。

この作品のファーストインパクトとして誰もが感じるであろう「ただOLの服装をしただけで他はいたって普段通りの升野さん(バカリズム)を周囲は皆普通のOLとして扱う違和」なんて、瞬く間に違和感じゃなくなる。寧ろ笑っちゃうほど馴染んでるし。不思議だ。
ドラマ版から時を経ても変わらないことがあれば、変わったこともある。升野さんの目覚ましのアラーム音、副支店長は"羽田"から"J"に。追加のキャスト陣は物語のスケールを大きくするために存在しているのではなく、あくまで升野さんの「なんてことはない日常」をより細部まで描きこむためのポジショニング。その中でも極め付きは等身大の魅力を放つシム・ウンギョンでしょう。ちょい役で黒田大輔が登場するのも嬉しい驚き。

"架空"OL日記は、想像の手によってあなたの日記にも私の日記にもなり得る。それに救われることだってあるはずだ。どこにもいないけれど、どこにでもいそうな彼女たちの笑い声。あまりに幸せな幻視の向こう側にあるもの。しゃぼん玉みたいに魔法が呆気なく解ける切なさと、ラストのあの眼差し。これは私の物語だ、私に必要な物語だ、という実感がたしかにこの胸の中にはある。エンドロールで流れる吉澤嘉代子の歌声を聴きながらたしかに強く、そう思う。


月のひかりに照らされた
わたしは誰だっけ
静かな鳥

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