ワンコ

猿楽町で会いましょうのワンコのレビュー・感想・評価

猿楽町で会いましょう(2019年製作の映画)
4.4
【不正確な真実】

自分の住んでるところを聞かれると、高級住宅街ですねと、半分嫌味ったらしく言われることがある。

確かに大きいうちもあるが、決して、そんなことはない。
大規模な都営住宅もあれば、普通にしか見えない一般住宅もある。
地震が来たら危なそうな木造家屋も、アパートも、狭小住宅も、消防法で建て替え不可だろうなとおもう住宅も、とにかくいろいろあるのだ。

近所のスーパーは、当初の高級看板を早々に下ろして、特定の曜日をお得な日に指定して、更に月に連続5日ほど○%引きの日も設けて割安感を出すのに一生懸命だ。

人は、自分の膨らませたイメージで判断するだけなのだ。

猿楽町も同じだ。
代官山に隣接して、恵比寿や渋谷は歩いていける距離だ。
華やかな断面が見えるだけなのだ。
でも、いろいろな住宅にいろいろな人が生活しているのだ。

モデル、女優、カメラマン、雑誌編集者、うわべの華やかさやカッコ良さを人は注目するが、その人のヒストリーや、背景や、努力や、悲しさや、嫉妬、うす汚いところ、歯を食いしばっている姿や、密かに涙しているところなど見ようとしない。

あなたはどんな人ですか?

えっ!?
どんな人だろう。
自分は自分。
確固たる目標を持ってやって来たと思っていても、上手い形容詞は見つからない。

もしかしたら、自分も自分自身のことを理解してないし、自分で気が付かない自分自身の特徴があるのかもしれない。

周りを見渡せば、そこにあるものは確かに全て真実だ。
でも、断面しか見てないことは圧倒的に多い…はずだ。
不正確な真実…。

愛する人も、偶然良く撮れた写真のように、一部しか見ていないかもしれない。

それに、もしかしたら、全てを知ったら、愛せなくなるかもしれない。
だから、全部を見れないのかもしれない。
見ようとしないのかもしれない。

愛してるの意味も曖昧だ。
都合よく側にいるだけで良いのかもしれない。
都合よく身体を合わせることを欲してるのかもしれない。

そして、なぜ愛しているのかさえ理由は曖昧になっていく。

自分の継ぎ足した勝手なイメージも併せて、不正確な真実のなかで、僕たちは生きるしかないのだ。
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