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スターフィッシュのslowのネタバレレビュー・内容・結末

スターフィッシュ(2018年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

かざした手からこぼれ落ちるものが、わたしの分け前なのだとしたら、わたしは光に気を取られて、多くのものを失ってきたのかもしれない。

故郷の片田舎を出たオーブリーは、都会での生活を謳歌し、自由奔放に生きていたのだろう。大切なものを見失い、だったものとしてしまうほどに。望遠鏡の先に見えたものは、そんなオーブリーのありあまる欲求だったのではないか(グレイスからしてみれば外界のイメージだったのかも)。グレイスのベッドに横になってはみたものの、死を受け止める覚悟など全くできていなかったオーブリー(疎遠になっていたため実感がわかない)。居た堪れずソファへと移動すると、先程の望遠鏡の先に見えたカップルがチラつき、つい自慰行為に耽ってしまう。己の欲深さ、罪深さを無自覚に捉え、あの日の夜をフラッシュバックさせながら。エドワードとは彼氏以上、婚約者未満くらいの関係性だったのだろうか。海で会っていた男性は別人であることから、オーブリーが浮気をしたのだろう。顔がないエドワードばかりが現れるのは、合わせる顔がないと思っているからかもしれない。ただ、やっぱり本命はエドワードだ。薬指の指輪を外せないのは、引きずっている証。まさか自殺したなんてことはないと思うけれど…。エドワードは地元の彼→オーブリーが地元を離れる→遠距離恋愛→オーブリーの浮気、で今に至るのかな。別れてから暫く経っていたのに、母親には言えずにいた。そんな気もする。グレイスは白皮症のような持病を持っていたのだろうか。髪の毛の色素が薄いことや(生え際や色を見ると違う気もするけれど)、光を遮断した寝室、同じ髪色の母親、映画の半券に『リック』があったことも、そう推測した理由の一つ。以上の仮説を立てた上で考えるあの日食の意味。太陽はエドワードとの幸せな日々を呼び起こすものだったけれど、今は裏切ってしまった相手を思い出してしまうものだ。同時にグレイスの命を奪った仇でもある(皮膚癌で亡くなったとした場合)。オーブリーは罪悪感からその太陽を覆い隠し、グレイスのアパートに立てこもってしまう。太陽を覆った月。この月はグレイスだったのではないか。この辺りは白鯨などとリンクするのかもしれないし、物語が進むにつれて、ガリレオの言葉が重みを持って来る。クリーチャーのデザインについて。これもなかなか良い。目がないのは深海生物のようでもあり、それは人の心海の、そのまた暗いところにいるもの、といった感じだった。これ監督が影響を受けた様々なアニメやゲームのキャラクターが混ざり合ったようなビジュアル。わたしが想起したのは、監督も大好きだと言う『もののけ姫』の祟り神だった。罪の意識はある意味祟りのようにまとわりつくものだし、膨らみ過ぎて巨大化した姿は、同じ作品のデイダラボッチのようにも見えた(『もののけ姫』では別々の存在ですが)。

孤独からの解放(一匹狼からの脱却)

冒頭のやりとりは終盤のシーンを切り取ったものだ。最初に女性が呼びかけるけれど、オーブリーには届かない。この声はグレイスだったろうか。であれば、声が聞こえなかったのは亡くなっていたからだろうか。テープからメッセージを受け取った後、自己の中に現れたグレイスとは対話のようなものができたし、そのシーンはとても心に残るものだった(横になり語り合うオーブリーとグレイスが向かい合っているはずなのに同じ方を向いているのも、オーブリーが内にいるグレイスと言葉を交わしていたからなのだろう)。そして、その夜は満月だった。では、次に呼びかける男性は誰か。これは監督自身なのかもしれない。これは実話に基づく物語と前置きがあるように、監督自身をオーブリーに投影させた物語だ。と同時に、オーブリーの体験を基にした劇中劇でもある。途中図書館で映画の撮影をしているオーブリー、監督、クルーが登場するシーンがある。監督にはオーブリーの痛みがわかる。友を亡くし、恋人を失った喪失感を知っている。あの呼びかけは、物語を演じるうちに罪悪感に押しつぶされそうになり、自分の中に迷い込んでしまったオーブリーへの、監督の声だったような気がする。これは自己セラピーのような構図と言っていいのか、どうか。傷付いた自分を客観視して見つめ直す。その見つめる対象をオーブリーという分身にした構造が面白く、わたしはとてもとても引き込まれた。楽曲の良さにも触れておきたい。ミュージシャンとしても活動している監督のセンスなのだろう、多ジャンルの音楽が取り入れられているところも楽しい(好きなものを詰め込み過ぎているとも言える)。中でもラストのあのシーンと楽曲は、全てを包み込み、解き放つ、最高にエモーショナルな映像と選曲で、作品のメッセージを見事に表現していて最高だった。これはかなり好みの作品だったからスコアは高くしたけれど、あくまで好みというだけで誰もが好きになれる作品というわけではないと思う。鑑賞は慎重に。また本作を日本語字幕で再鑑賞できる機会があれば、その時にこの考察(妄想)の答え合わせもできるだろうし、スコアも修正することになるかもしれない。とにかく今は、この感動を大切に抱きしめていたい。
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