ダイナ

生きるのダイナのネタバレレビュー・内容・結末

生きる(1952年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

死期を知ることで残された時間を足掻くというと個人的には草彅剛主演ドラマの「僕の生きる道」を思い出します。本作もとっかかりは同じですが、こちらの大きい特徴として黒澤明の得意とする社会批判、官僚主義批判の描写が随所で描かれており単純に可哀相・良かったで飲み込ませてもらないような複雑な余韻がとても素晴らしかったです。そしてナレーションの言い回しが良い。

開始18分ほどの病院からの帰り道に騒音を立てて前を横切る車に驚く場面、どんなにドラマチックなことが身に降り掛かろうと現実・世界はしったこっちゃなしに平常運転な印象が強く残ります。通夜の席で渡辺の功績を認め自分達の日々の姿を語り合った同僚達が翌日以降通常通りに戻っている点。残念に感じるもののこの姿が描かれた点をとても評価したいです。守りたい家族や抱えておきたいキャリア、取り返しのつかないものや決断後の諸々の処理や人間関係etc…面倒臭いしがらみでがんじがらめになる社会人。この役所仕事がどのようなハードルかは分かりませんが集団で意思統一した翌日にその気が削がれている描写を見るあたりクソめんどくさい事は察します。(てかヤクザ絡んでるし)夢追い人でない限り相応の報酬が確約されないと能動的にならない怠惰な部分に人間臭さをとても感じました。

渡辺の実績は周囲の一部の人間のひと時の賞賛、それを認める自己陶酔に消化されてしまったようなもどかしさを残します。しかし形として残った公園はそこで遊んでいる子供達を笑顔にしており確かに幸せを生み出していました。「頑張って公園作ったよ!ハッピー!完!」ですんなりと終わらせないこの締め方、事なかれ主義や死に行く者の足掻く姿、残された者の三者三様な姿、どれも印象的でとても素晴らしかったです。
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