みかんぼうや

陸軍のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

陸軍(1944年製作の映画)
4.0
もうラストだけでこの点数をつけます。それほど印象的なクライマックス。この作品が当時の陸軍省の依頼によりプロパガンダ映画として1944年という、第二次大戦の真っ只中、日本が敗戦する1年前に作られたという、本来であれば徴兵を鼓舞する目的があったであろう状況下において、あのクライマックスを描いた木下恵介監督の強い意思。

主演の笠智衆をはじめとした、本作に登場するほとんどの人物が、軍隊に入ることこそ誉(ほまれ)、死を覚悟して出征することこそ誇り、と考える時代。その中で、頑固な夫に徹底的に尽くし、普段は極めて穏やかで息子が出征する瞬間まで御国のためと気丈に振る舞い息子を送り出す“当時の理想的な女性像”として描かれる笠智衆の女房役を演じる田中絹代。しかし、彼女は一人の男性の妻である以上に一人の息子の母であった。

先述のとおり、プロパガンダ映画として、兵士として戦争へ向かう男性たちの誇りと意気揚々とした姿を見せることで国民を鼓舞する作品として観ていた私は、そのクライマックスをもって、そのメッセージは全く逆であり、主役もまた笠智衆ではなく、この時代を陰で支えた女性の視点を代弁した田中絹代であったことに気づかされる。

制作当時の兵役や出征に対して塗り固められた価値観を淡々と見せ続けられる作品全体には、途中、若干退屈さすら感じる部分がありましたが、ほぼセリフすらないあの5分間の画だけで、一気に逆転させる木下恵介の手腕。

話の内容は全く異なりますが、世の中の矛盾と理不尽さを説明的な台詞ではなく、主人公の表情と行動だけで見せるあのラストは、どこか「泥の河」のラストに通ずるような衝撃を受け、ただただ心揺さぶられました。

木下作品は気づけば10本近く観ていますが、これはその中でも確実に上位に入る名作です。
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