kkkのk太郎

ガリーボーイのkkkのk太郎のネタバレレビュー・内容・結末

ガリーボーイ(2018年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

ムンバイのスラムで暮らす青年ムラドが人気ラッパーへと成長していく様を描いた、実話を基にしたミュージカル・ドラマ。

アジアで最も億万長者の多い都市、ムンバイ。1,000万人以上が暮らす世界有数の大都市である。
IT産業の発展などにより急成長を遂げている、インドを代表する華やかな都。しかし、光が強ければ強いほど、その影も大きくなるのが世の常というもの。
ムンバイ中央部には”ダラヴィ”と呼ばれるスラムが形成されている。そこには2.4㎢に70万〜100万人が住んでいると言われており、世界で最も人口密度が高い地域の一つに数えられている。これだけの人間が住んでいながら下水と排水のシステムが貧弱であるため衛生環境は劣悪。疫病の温床となってしまっており、近年ではコロナウィルスのパンデミックでも大きな被害に見舞われた。

このインド最大のスラムが本作の舞台。ムンバイを代表する2人のラッパー、ディヴァインとネイジーの人生から着想を得た物語となっている。この2人のスタイルは「ガリーラップ」というジャンルに分類されるようで、これは貧困や差別など、実生活での不満や怒りをビートに乗せて吐き出すというもの。上部だけの薄っぺらい言葉ではなく、その人間のナマの部分をガツンとぶつける、80〜90年代のヒップホップ黎明期を思わせる音楽がムンバイから出てくるというのは、そこに暮らす若者たちがいかに抑圧されているのかを端的に表しているような気がする。

陽気で楽しいマサラ・ムービー、というイメージがあるボリウッド作品だが、本作で描かれているのはそれとはまるで逆。貧困や格差といった社会問題に苦しむスラムの実情と、過剰なまでの家父長制や保守的な社会構造、男尊女卑に不満を抱える若者たちの絶望を怒りと共に描き出す。

富裕層にははっきりと見下され、外国人には動物のように扱われるムラド。さらに父親は勝手に重婚をし、若い妻を家に住まわせるようになる。
この地獄の釜の底の底のような環境でも、忘れずに胸に抱えていたヒップホップへの愛情。MCシェールという兄貴分との出会いにより一気に才能を開花させた彼が、そのたったひとつの武器を手に人生を切り拓いていく様に、目頭が熱くなるのを抑えることができなかった。

陽気なパブリックイメージとは一線を画す本作だが、歌とダンスというインド映画のお約束は踏襲されている。個人的にあまりミュージカルは得意ではないのだが、本作はそもそもがヒップホップを題材とした作品なのでそういったシーンもあまり気にならない。
歌とダンスが始まると突然ミュージックビデオのようになってしまうというインド映画独特のクセを、ミュージックビデオの撮影という体を取ることでカバーするのはなんとも上手い。普段インド映画を見慣れていない観客でも、この映画はすんなりと受け入れる事ができるのではないだろうか。

過剰な説明セリフに頼ることなく相関図やキャラクターの心情を伝える手腕は非常にスマート。特に冒頭、ムラドとサフィナの関係をサイレント映画のように描き出すあの一連の流れはとにかく美しい。青春映画としても一級品である。
ただ、テンポよく進んでいった前半に対し、後半は明らかに息切れしていた。154分というランタイムはインド映画にしては短いとはいえやはり長尺。この内容であれば120分、いや100分もあれば描き切れたはず。
ヒップホップ要素に加え『ロミオとジュリエット』的なラブストーリーまで描くというサービス精神は如何にもインド映画といった感じだが、正直ムラドとサフィナとスカイの三角関係要る?とか思ってしまった。Nasのライブまで、まだ時間かかりそうですかねぇ〜…。

ヒロインを演じたアーリヤー・バットは、歴史的傑作『RRR』(2022)に出演したことで日本でも広く知られていることと思う。エキセントリックな性格のサフィナをイキイキと演じ、この映画に華を添えていた。
ただ、個人的に注目して欲しいのは見事なラップを披露していた主演のランヴィール・シン。後で調べてみて驚いたのだが、彼は『パドマーワト 女神の誕生』(2018)という作品で悪のムスリム王アラー・ウッディーンを演じていたお方。この作品での彼の演技はとにかく凄まじく、色気たっぷりのダンスシーンには目を奪われてしまった。
すごいのは本作の主人公と『パドマーワト』の悪王を演じているのが同一人物だとは全く思えないところ。雰囲気が違いすぎて全然そうだとは信じられず、ただただ困惑してしまった。
カメレオン俳優という呼称は彼にこそ相応しい。今後国際的にもスターになっていくのではないでしょうか?今のうちから注目しておけば、いざそうなった時に古参ぶれるかも。

どん底にいる人間が前時代的な社会の常識をぶち破り、やがては偉大な存在へと成り上がる。皆んな大好きな『ロッキー』(1976)タイプの負け犬返上映画である。シリアスな物語ながらコミカルな場面も沢山あるし、友情・努力・勝利という「ジャンプ」三原則がきっちりと描かれている。誰が観ても面白いと思える作品なのではないでしょうか。

万人におすすめしたい映画なのですが、一つ気になるのはエミネム主演のヒップホップ映画『8 Mile』(2002)が頭をチラついてしまうこと。実は『8 Mile』は未見なのだが、自分の中にあるこの映画のイメージはまさに本作で描かれていた内容そのもの。見比べてみると「いやこれそのまんまじゃん!!」ということになりそう。
『8 Mile』を鑑賞しているかしていないかで、本作の評価が変わるかも…。
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