露木薫

ブラック・レインの露木薫のレビュー・感想・評価

ブラック・レイン(1989年製作の映画)
4.7
全国で12/21までの上映なのだが、昔の映画が苦手な人や若い人でも楽しめる要素が沢山あるので、是非一度観てみて欲しい。
松田優作さんの最後のご出演作なのだそうだ。彼のほぼスタント無しで演じたというアクションも素晴らしい。

私は高倉健さん目当てで観に行った。そして期待通りの健さんのかっこよさに胸を打たれると共に、マイケル・ダグラスさんや松田優作さんをはじめ日米の数々の名優たちを知ることができた。観に行って良かった。素晴らしい映画だった。

まず、見たことの無い方向けにおすすめポイントを紹介してみよう。
生と死が隣り合わせの激動の時代を経験した者たちが現役として生きる時代背景、異文化出身同士のバディ物、敵も味方も脇役もそれぞれの信念がある中で出自と職務と正義と友情と愛にまつわり生じる葛藤、渋く貫禄のある骨太な俳優たちの名演技、多様な舞台で繰り広げられる体を張ったキレのあるアクション。
これらの点において、この映画は今公開されていたら人気を博したのではないかと思う。
リバイバルも含めて近年の公開作で言うと、『RRR』や『インファナル・アフェア』を好きな人は本作も楽しめるのではないかと思う。
大阪を舞台に日本人俳優とアメリカ人俳優との一級アクションが繰り広げられるので『ジョン・ウィック コンセクエンス』が好きだと感じた方も好きかもしれない。
数年前の作品だと『レイジング・ファイア』が好きな方も楽しめるかもしれない。

先述した通り私は高倉健さんの演技を観たくて赴いた。
やはり高倉健さんは実直でかっこいい男で、彼の演じるマサによってアメリカ人警官二人が日本人の精神に触れて行く大切な役柄だった。
敵役の佐藤も素晴らしい存在感で、悪い奴でありながら彼には彼の本気の野望があることが言外に伝わってくる気迫のある演技だった。すらりとした長身でバイクでの疾走や格闘など体の動きが見事で、建さんと同じくアメリカの俳優に引けを取らない存在感だった。鑑賞後にこの俳優があの有名な松田優作さんだということを知り、驚いた。彼は本作をほぼスタント無しで演じたそうだ。そして、惜しくもこの作品が最後の出演作となったのだという。撮影時も40歳近かったようだが、とても凛々しく若々しく尚且つ年配のベテラン俳優さんやアメリカ人俳優さんたちとも渡り合う貫禄の片鱗も見せ、その英姿はフィルムに刻まれ時を経て今なお我々の眼前で色褪せぬ堂々たる敵役として銀幕に輝いている。
松田優作さん演ずる佐藤の親分である菅井とその部下たちの俳優さんたちも素晴らしかった。大阪弁の恐ろしい極道の男たち、しかも戦争経験者が現役として組を締めているという時代のことで、その気迫と仁義を重んじる様とアメリカへの反骨心が伝わって来る。
アメリカ人の俳優さんたちも素晴らしかった。主人公も相棒も憎めない存在で、知れば知るほど好きになり、応援したくなる。俳優さんたちについて調べたら追記したい。

舞台は主に大阪なのだが、アクションの場所が製鉄所だったり農場だったりして、自転車通勤の労働者たちの姿なども時代性を表しているのかもしれない。市場や阪急百貨店辺りの高い天井の廊下らしき場所なども出て来て、面白かった。
後で調べたところ、実際は時間の都合でアメリカでロケをした部分もあったそうだが、それはつまり、セットファサードでの撮影に頼らず可能な限り作中の舞台と同じ場所ー本場で撮ろうと監督はじめ演者とクルーたちが努力した確かな痕跡でもあるのだ。
最近ミナミで実際に外国人旅行客の子供たちがネオンサインや大きく雑多な看板たちを見上げて驚きに目を輝かせている様を見た。本作でもアメリカから来た刑事である主人公と相棒が大阪の夜の街を初めて歩く場面があるが、よく映画で描かれるいわゆるニューアジア的な風景ではなく、現実とそこまで乖離していない描写で、とても良いと感じた。

この作品は、演技力だけでなくこの時代の俳優さんだからこそ出せる人間的底力と、ロケーション・ハンティングと、役者さんとスタントマンさんたちの身体を張った渾身のアクションによって、立体的に重厚に人間ドラマが紡がれていて、なおかつニューヨーカーと大阪人らしい深刻になり過ぎない塩梅があるので面白く鑑賞できた。

名台詞も多数ある。
台詞面では特に、アメリカ人に英語で日本人の矜持を説くマサや菅井の言葉は、現代の日本人が忘れてしまっている大切なものについて思い出させてくれる。disgrace, duty, honourなどの単語は、英語でも、日本人である私の心にも深く突き刺さって来た。

歌のシーンもある。ネタバレになるので詳しくは書けないが、この場面に私はとても胸を掴まれた。
昨年大ヒットしたRRRの有名な表題曲ナートゥナートゥをご存じの方は思い起こして頂きたい。歌と踊りはひとときでも異文化の垣根を取り払う。歌と踊りが終わればまた皆日常に帰って行くが、誰もが以前の自分よりは少し異文化への心の垣根を下げた状態になる。それだけでなく、もし束の間でも共に歌い踊った者同士で相手の心の芯の部分にある善性に気付くことができたなら、互いが友になれる一歩を踏み出すことにもなるのだ。本作でもそのような素晴らしさを感じさせてくれる一場面がある。明るい曲で楽しく歌って踊っているのになぜだか涙のこみ上げてくる場面でもあった。

鑑賞中はドキドキハラハラできるししんみりもするし、観た後に感動と爽快感に包まれ、帰宅後は台詞の意味について噛みしめることもできる、娯楽性と社会性と道徳性を併せ持った良作であると私は思う。
露木薫

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