てっぺい

劇場のてっぺいのレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
3.5
【観劇と作劇をしたくなる映画】
のめり込んで劇を見るような観劇のワクワク感と、本が一つの劇に変わっていく作劇のワクワク感。一つの恋物語も、又吉らしい言葉選びのナレーションで、奥深い心の機微の物語に変わる。
◆概要
原作:又吉直樹の「火花」に次ぐ二作目の同名小説
主演:山崎賢人、松岡茉優
監督:「世界の中心で愛を叫ぶ」行定勲
◆ストーリー
厳しい現実と理想とする演劇のはざまで悩む脚本家の永田はある日、女優になる夢を抱いて上京した沙希に出会う。沙希は自分の夢を重ねるかのように永田を応援し、永田も自分を理解し支えてくれる沙希を大切に思いながら、理想と現実との間を埋めるかのようにますます演劇にのめりこんでいく。
◆感想
演劇を作る側の気持ちになれる映画。したためられた文章が、人の言動表現に変わり、一つの劇になっていくワクワク感。いつか行った小さな小屋で劇を見るような錯覚に陥る場面も。心の機微につけられたナレーションが豊かで、まるで又吉直樹本人の言葉を聞いているよう。ダメ男に尽くす松岡茉優を愛でる映画でもある笑
◆作り手
永田が『その日』を脚本し、役の選定で沙希を選び、“客席の1人が自分を嫌いだと思って”と演出を加えていく。その公演が好評となり、客が増え出す。この、演劇をゼロから作り、成功に繋がるワクワク感がたまらない。またその後時が経ち、その本を2人で読み合わせしながら、気持ちのアドリブが入り、そして辺りが劇場と化していく場面。想いが溢れ、それが一つの作品になっていく感覚が、時をまたぐ演出と相まり、こちらも作り手のワクワク感を垣間見れる素晴らしいシーンでした。
◆ナレーション
映像のみで表現するのが一般的な映画の概念で、心の機微をナレーションで丁寧に説明するのはある意味禁じ手。本作でそれをあえてドカドカぶち込んでいたのは、おそらく言葉の並べ方がかなりウィットに富んだ原作の忠実な再現と、敬意の表れだったように思う。『沙希は東京というより、沙希にとっての東京の大部分を占めていた僕から離れたかったのだと思う。』なんて、まさに又吉独特の言い回しだし、山崎賢人のナレーションがまるで又吉直樹の声に聞こえるような感覚を覚えたのは自分だけではないのではないか。
◆松岡茉優
財布をプレゼントされ、大泣きして喜ぶ演技。泣きながら笑い出す部分が素晴らしかった。前述の昔の台本を読み合わせるシーンでは、部屋にいながらも舞台にいるような、言い回しを変える演じ分け。映画を通して、ダメ男に尽くし続ける沙希が不憫でもあり健気でもあり、そんな役回りも手伝い、松岡茉優の魅力がダダ漏れな本作。一部関西弁で喋るシーンはDVD即買いしたくなるほど可愛かった笑

◆以下ネタバレ

◆解釈
いつまでもうだつの上がらない永田に、それを支え続ける沙希。この状態が延々と続く本作に『パターソン』的雰囲気を予感し始める後半。最後の最後で部屋が舞台に変わるシーンでそれも杞憂に終わったが、「永くんは変わらなかった。変わったのは私。」このセリフを表現したいがための構成なのだと思った。酒に溺れ、笑顔を無くし、変化していく沙希に対して、一貫してそのままうだつの上がらない永田。その一連を、そのまま作品に生まれ変わらせ、最後に才能を開花させた永田と、それにより笑顔を取り戻し、自分に戻った沙希。ラストカットを沙希の笑顔にするために、逆算して映画を構成したような、そんな風に解釈しました。

終演し、客が帰っていく中、1人残る沙希。エンドロールも素晴らしかった。劇場に行きたくなる感覚と、劇場を作る側の感覚を両方味わえるような、これも素晴らしい映画でした。
てっぺい

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